2010-07-11

ロボットという愉しみ 三島ゆかり

ロボットという愉しみ三島ゆかり

初出:『豆の木』第14号(2010年4月)

週刊俳句の皆さん、こんにちは。こしのゆみこさんの『コイツァンの猫』があまりにも素敵な句集だったので、いたずら心を起こし、こしのさん風の俳句のようなものを自動生成するロボット「ねここ」を作成してしまいました。こんな句を作ります。

寝入りばな辛夷をゆるす鈴に少女  ねここ
学校という桜みたいな少女に魚
幸福の二月の水傾ぎけり
まぼろしごと日記帰る花と夜
恋猫に帽子ごといっぱい二階かな

「ねここ」は、簡単なjava scriptで書かれていて、【枠】と【語彙】 と【プログラム】 からなります。

【枠】
なんでもいいのですが例えば、「啄木鳥や落葉をいそぐ牧の木々 水原秋櫻子」を雛形として、「4音の名詞+1音の助詞+3音の名詞+1音の助詞+3音の動詞+2音の名詞+1音の助詞+2音の名詞」という枠を定義しておきます。

【語彙】
いっぽう、4音の名詞、3音の名詞、2音の名詞、3音の動詞、1音の助詞を人間系であらかじめ採集し語彙として登録します。

【プログラム】
プログラムは、人間系で収集した【語彙】をそれぞれの字数の品詞ごとにランダムに【枠】に流し込んで表示するだけです。

それにより「ねここ」ver.0.1の場合、
4音の名詞+1音の助詞+3音の名詞+1音の助詞+3音の動詞+2音の名詞+1音の助詞+2音の名詞
=24×3×17×4×31×47×5×47
=1,676,365,920(通り)
の俳句らしきものをランダムにひとつづつ自動生成します。

(現在は【枠】が「啄木鳥や落葉をいそぐ牧の木々 水原秋櫻子」だけでなく27種類まで増えています)

【個性】
【語彙】のほとんどをこしのゆみこさんの句集『コイツァンの猫』(ふらんす堂)から採集しています。
こしのゆみこさんの定型にとらわれない作風を再現するために、語彙を登録する際に一部あえて品詞や字数を無視しています。

    

というわけで、ねここは何も考えずに俳句のようなものをがんがん自動生成します。

家族吸い四月へあおいひかりと睫      ねここ
上京へ少女ゆるす姉妹と朧
しあわせという真水ごとあたたかい私の暮春
しあわせに朧を眠る寝入りばな
目隠しに真水を桜ありにけり
三月と私みたいな帽子にしっぽ
三月という少女を濡らす魚の昼
びしょぬれに手足を日永にゆるしけり
しあわせとひよこに歩くみどりの日
黒板と童話の朧も入りけり

俳句にとって【語彙】は非常に重要であり、その作品世界は【語彙】によってかなりのところまで決定づけられます。ねここワールドは、明らかにハッピーで暖かいこしのワールドを継承しています。

では語彙をそっくり取り替えるとどうなるか。語彙を峠谷清広さんの句から収集したものに置き換え、破調を許さなくすると、世界は一変します。

ドーナツの桜へ思う美人かな   キヨヒロー
葉桜へ最後のような恋と水
薄着剥きにおいを思う花に妻
へそくりや私へ眠る花の朝
少年と少女のような桃に昼
春浅し乳房の帰る神の空
やけくそと支配のような桃と空
恋猫と明日のような虚子の影
スカートと桜と似合う地球かな
料峭の私に似合う鼻毛です
晩酌の自分へ眠る春浅し
出戻りの鼻毛と怖い夜のキス
ヘーゲルの朧に食べる地球かな
ありのまま日永に似合う夜の屑
くちづけへ写真と入る雨に穴

キヨヒローワールドは、自虐と純愛がごちゃまぜになった哀愁の峠谷ワールドを継承しています。

続けて、特徴的な語彙を持つ八田木枯さんに置き換えるとどうなるか。
 
ぼうたんやこころなかばに柱焼く  木枯二号
花曇手毬に眠る西に魚
をととひに桜のたまる溺れ谷
鳥の巣に手毬の闇に越えにけり
手鏡に桜のやうな舌の午後
くちびるの薺のやうな恋の馬
薺食ひ鏡を思ふ刑に鳥
行く春にまぶたにつかむオートバイ
おほぞらや鱗をかへる母に春
針やまの暮春のちぢむ屏風かな
算術の北に辛夷のありにけり
心中に鏡の入る春に髪
らふそくの桃を余所見のありにけり
心中の柱を死なず蝶の刑
針やまに辛夷を馬にかへりけり

木枯ワールドの魅力は語彙だけで語られるものではありませんが、鏡、オートバイ、針などの語彙に固執する木枯ワールドの雰囲気は、木枯二号ワールドにも継承されています。

私たちは発想がマンネリ化すると、袋回しなどで時間的に追い詰めることによって、偶然性で現状を打開しようとします。そこへ行くとロボットたちはまったくタフで、そもそも人間には発想できないような句を無尽蔵に繰り出してきます。

学校という桜みたいな少女に魚   ねここ
春浅し乳房の帰る神の空    キヨヒロー
をととひに桜のたまる溺れ谷   木枯二号

これらの句における語の連結の意外性に驚かされるとき、私は気が弱くなり、二物衝撃はもうロボットにお任せして、人間は人間でやるべきことがあるのではないか、などと思い始めてしまいます。

さて、先日ツイッターで知り合った山田露結さんに俳句自動生成ロボットのソースを差し上げたところ、全然違う作風のロボットが二体誕生しました。一色悪水は木枯二号をもとにしたもの、裏悪水はねここをもとにしたものとのことですが、露結さんによる巧みな語彙登録作業により、人格を感じるロボットに仕上がっています。

色鳥を恋ひて疑ふ罪ありぬ  一色悪水
弟の毛虫を叫ぶ暗き昼
老人や宴へ拾ふ春炬燵
蝋梅のうどんのごとき意味の君
妹や蛇口のごときライラック
黙殺を見せて疑ふ蛇となり
蜥蜴てふ君のゆまりへ許しけり
綿虫の妻をざらつく玩具かな
冬月や刃物の濡らす地平線
傾城や暗さ記せばみな残暑
女性器や亡国論の朧夜に
戯れの渇きを垂らす寒さかな
心臓や朧を眠る強き君
きさらぎの酢豚のごとき首の揺れ
錠剤を鏡の中の春暁に

姉はしずかな朧月か   裏悪水
朝顔も見つめてゆくか
雪を灯してゆくか
夜桜揺らして人生論の暗くなる
何事もない心電図に眠る肛門
階段の濡れている不自由な虹だ
それもよかろう鏡のせつないアネモネ
他人の満月がある透明な痛みよ
他人は透明な雪か
金魚がない幸福へ眠る
火事として晩年にゆらめく
不自由なさくらの集まる夢とわたくし
人妻はあわれな春月か
過去に笑えばまぶしいアネモネがみんな見える
妹は退屈な春月か

人生は限られています。自分が死んだあと、自分そっくりのロボットがいつまでも無尽蔵に俳句を詠むというのも楽しいではありませんか。


【俳句自動生成ロボットのURL】 三島ゆかり作
ねここ   http://yukari3434.web.fc2.com/nekoko.html
キヨヒロー http://yukari3434.web.fc2.com/kiyohiroh.html
木枯二号  http://yukari3434.web.fc2.com/kogarasi2.html

山田露結作
一色悪水  http://ginkahaikukai.web.fc2.com/akusui.html
裏悪水   http://ginkahaikukai.web.fc2.com/uraakusui.html

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