2010-11-21

八田木枯第六句集『鏡騒』の世界~世阿弥の能楽よりの一考察 角谷昌子

八田木枯第六句集『鏡騒』の世界
~世阿弥の能楽よりの一考察

角谷昌子


はじめに 「鏡」は告げる

何年か前、句会に八田木枯が「鏡の間」の句を出したことがある。ほとんどの者がベルサイユ宮殿の「鏡の間」を思い浮かべてしまったのだろう。その句はあまり点が入らなかった。ベルサイユ宮殿では、いかにも句意が通らない。句会のあとで、あの句は「お能の『鏡の間』ですよね?」とたずねたところ、木枯は「はい、そう」とほほ笑みながら答えた。どんな句かは、うかつにも失念してしまったが、それからずっと「鏡の間」のイメージは、私の心の隅で幽い光を投げかけてきた。

木枯は「ホトトギス」の伝統、「天狼」の革新を経て、十六年余の沈黙を守ったすえ俳壇に戻ってきた。復活後の作品をまとめた第三句集『あらくれし日月の鈔』には、木枯俳句の鍵となる言葉「鶴」「雁」「鳥」「蝶」などがちりばめられており、その一つ「鏡」を用いた句は〈汗の馬鏡のなかに帰り来し〉など八句にも及ぶ。続く第四句集『天袋』に〈鏡古りたればいつでも襤褸刺せ〉、第五句集『夜さり』にも〈木賊刈鏡を割つてあらはるる〉など「鏡」の句が収められている。先の第一句集『汗馬楽鈔』には、代表句〈汗の馬芒のなかに鏡なす〉があり、木枯の「鏡」に対する強い思い入れが分かる。

最新句集『鏡騒』(平成二十二年九月刊・ふらんす堂)の句集名は、〈黒揚羽ゆき過ぎしかば鏡騒〉から取られ、「鏡」が表題に入っている。ほかにも集中に「鏡」の句はあるのだが、私がずっと気になっていた「鏡の間」の句は、この『鏡騒』の中には見出すことができなかった。

それでは、木枯にとって「鏡」とはいったいどんな存在なのだろうか。「鏡」はきっと木枯俳句の謎を解く鍵であるに違いない。虚と実が鏡映しとなった世阿弥の能楽に添いながら作品を敷衍することによって、木枯俳句の不思議に迫ってみたいと思う。


二 鏡の間

  黒揚羽ゆき過ぎしかば鏡騒  木枯

「鏡の間」とは、能舞台と楽屋の双方を結ぶ部屋のことであり、「変身の部屋」とも呼ばれる神秘的な空間である。楽屋でシテは装束を身に付け、大鏡の前で心を静めて精神統一をはかる。しばらくしてシテは能面を押し頂いて祈りを籠めたのち、その面を掛ける。面の中に己のすべてを封じ込めるのである。面は役者の肌と一体化し、汗をも吸い尽くす。能役者観世寿夫は「面を掛ける」という言い方は、自分になにかをかける、すなわち「術をかける」という意味合いがあるのではないかと指摘している。

掛け声とともに舞台の幕が上がると、身支度整ったシテは「橋懸り」へと歩み出て舞台に登場する。この「橋懸り」とは、あの世からこの世への掛け橋なのである。

もちろん「鏡の間」や「橋懸り」が充実した現代のような能楽堂は、世阿弥当時の様子とは大きく異なっている。だがこのような空間を創造した背景には、世阿弥の美意識が強く反映されていよう。

さて、木枯俳句であるが、「鏡の間」とは、作者が集中して俳句を作る場所に相当しよう。木枯が筆を取り俳句綴る、すなわち面を掛け、術をかけたとたんに異界から呼び出された異形の者たちが、シテである作者に宿るのだ。

掲句〈黒揚羽ゆき過ぎしかば鏡騒〉では、あたかも舞姿の異形の者「黒揚羽」の袖に触れて、「鏡の間」の「鏡」が風に吹かれた水面のように騒立つところだ。あの世からこの世へと導かれて登場した者が舞う能舞台とは、木枯にとって俳句という小宇宙である。この空間に封じ込められた舞手たちが、時空を超えた不思議の世界をここに出現させるのである。


三 光と闇 ~月光の効果

  月光が釘ざらざらと吐き出しぬ  木枯

たとえば世阿弥作の可能性が高いといわれている能に「姨捨」がある。元来の棄老譚の恨みや陰惨な老いの嘆きを前面に出さず、宇宙の運行としての月の満ち欠けに人生を思わせるという演出だ。捨てられた老女の孤独と哀しみという闇を月光で包み、人の世を変わりなく照らす月の普遍性を引き出す。このとき舞う老女はあたかも月の精そのもののようだ。

さらに世阿弥の夢幻能の鬼物である「鵺(ぬえ)」では、源頼政に退治された鵺の霊が、「心の闇を弔ひ給へ」と旅の脇僧に祈祷を求めてすがる。鵺の霊は「闇」そのものの象徴でもあり、封じ込められた闇から逃れようと魂の救いを乞うのである。「月日も見えず暗き道にぞ入りにける。遥かに照らせ山の端の、月と共に、海月も入りにけり」と月に焦がれるが、ついに月を得ることはできない。闇の世界から光を乞い、月を希求してあがいた鵺は、とうとう海に没してしまう。この能に描かれた「光」と「闇」は思想の領域にまで高まるのである。

木枯の場合、この闇の中に救いとして耀く「月光」に執着するのである。第四句集『天袋』では〈髪ぬけてより月光に縁(よすが)あり〉〈月光は掬ひきれずにこぼさずに〉、第五句集『夜さり』では〈月光ははばたき水に火傷せり〉〈月光がくる釘箱をたづさへて〉などとさまざまな姿の月光を詠んだ。さらに『鏡騒』では、〈月光が釘ざらざらと吐き出しぬ〉と描き、ついに月光は罪を負う人間の身代わりとなって苦役に耐えるようでもある。そして人間の業を負う闇は背後でがさがさと不穏な音を立てるのだ。

   世阿彌忌の白晝の闇ばさつきぬ  木枯


四 精霊たち

  あやめ咲ききつて古鏡となりにけり  木枯

草木国土悉皆成仏という涅槃経の教えがある。能はこの思想を背景にして、独特な世界を舞台の上に出現させる。たとえば世阿弥の「西行桜」では、西行と歌に関する問答を交わす老いた桜の精が登場する。「杜若」では、杜若の精のたたずまいに『伊勢物語』の在原業平の恋愛絵巻が重なり、「半蔀(はじとみ)」では、舞手が『源氏物語』の夕顔そのひとの霊なのか、夕顔の花の精か渾然一体となっている。また、「胡蝶」では、仏恩によって梅の花にたわむれる蝶の精が描かれている。このように仏の慈悲によって、人格、いや神格さえ与えられた花々や草木、虫たちが、生き生きと舞台で舞うのである。

掲句〈あやめ咲ききつて古鏡となりにけり〉の「あやめ」は、精霊として舞いおさめたところで、極楽浄土の「古鏡」となり、自らがほのかな光を湛えている。この句も「鏡」の光が効果的に用いられている。

ほかにも『鏡騒』には〈冬雁がこゑ入れてゆく紙の箱〉〈葉生姜は嫉妬のごとく繁りたる〉〈剃刀にふれし揚羽は熱からむ〉〈白梅でなければならぬ素老人〉〈紅梅をいためつけたる夕明り〉〈黒薔薇は鏡のなかに悶えゐし〉などがあり、これらの句に登場する「雁」「葉生姜」「揚羽」「白梅」「紅梅」「黒薔薇」などは、本意を離れた季語がそれぞれ命を与えられ、精霊としての存在を保っているかのようだ。


五 能と狂言 ~老境を描く

  晶晶と寒の木賊の折られあり  木枯

能は老境の美しさを追求するものである。世阿弥は人体の物真似を「老・女・軍」の三体に集約し、そのうち老体を演ずる要諦として「閑心遠目」を説いた。心を穏やかに静めて、目ははるか遠くを見よというものである。「遠目」とは来し方行方に対する遠眼差しだろうか。この静謐な佇まいに老いの美が籠められている。

世阿弥作と伝えられる「木賊」では、信濃の国の園原で木賊を刈る老人が子方を連れた旅の僧を自宅へと誘い、子を失った哀しみを込めて序の舞を舞う。老人舞の美しい曲である。

木枯の第五句集『夜さり』には、この「木賊刈」をテーマにした句が多くみられる。〈木賊刈まとひしもののありあはせ〉〈木賊刈鏡を割つてあらはるる〉〈木賊刈顔のなかよりもの言ひし〉などである。また『鏡騒』の掲句〈晶晶と寒の木賊の折られあり〉のように、老境のさびさびとした景を老人舞の哀愁にのせて象徴的に描いてもいる。

直接老いを描いた句としては、〈笹鳴や齢といふがかたぶきぬ〉〈白梅でなければならぬ素老人〉〈齢を経て四月はうすう人慕ふ〉〈密かなる齢となりぬ白ちぢみ〉など、格の高い詠みぶりである。

一方、狂言においては、能とは対照的に老いの醜さや滑稽さが描かれる。「孫婿」や「枕物狂」などでは老人の業や心理を炙り出し、笑いの対象とする。

木枯の老いを詠んだ句に〈秋風に老はふくらむこともなし〉〈老残のうたがひぶかききりぎりす〉〈ひよろつくは齢かもくわうじやくふうかとも〉などがある。飄々と老境を描き、軽やかな笑いを誘う滑稽味が狂言の効果を思わせる。

老境を詠む場合に限らず、『鏡騒』には俳句がメリハリ、序破急をもって並べられている。それは能と狂言のそれぞれの特色を生かしていると思えるのだ。

たとえば例として〈紅梅のいろをつくしてとどまれる〉の閑雅に対して〈紅梅はうるさかりけり残る生〉のおかしさ、また〈曼珠沙華傷口に美は極まれる〉の美意識に対して〈曼珠沙華噴き出て天をあわてさす〉の滑稽などが挙げられよう。ほかにもこのような能と狂言を意識したと思われる対比は数多く見られる。


六 おわりに ~さらなる「面」

  面ンはづすときは両手や世阿彌の忌  木枯

世阿弥は能楽芸術論である『風姿花伝』の中で、「この芸とは、衆人愛敬を以て、一座建立の寿福とせり」と述べている。能が一般の人々から愛敬されるためには、芸に「花」という表現効果が充分に存在しなければならないとした。さらにどれほど苦心した芸であっても、観客が容易に予測できるような内容であれば、感動・感興は小さくなってしまう。その思いを総括した言葉が、「秘すれば花、秘せずは花なるべからず」である。

木枯も俳句という文芸に携わりつつ、「秘すれば花」を心に刻み、その芸の粋を尽くす。読者を魅了するのは、思いも掛けない演目が俳句という舞台に次々と登場するからである。その摩訶不思議の世界に息を呑むうちに、木枯俳句の舞手たちに幻惑されているという次第だ。

さらに木枯は句作りの苦心の痕跡をいっさい見せない。かつて塚本邦雄が指摘したように、あえて作品に疵をこしらえて「水をこぼし」てさえみせる。このこぼし続けた水が、あたかも木枯の足元で鏡となっているようでもある。

世阿弥の『風姿花伝』に続く能楽論書に『花鏡』がある。世阿弥の伝書中、もっとも執筆が長期に渡り、大規模な構成を図った理論書である。この書では、さまざまな課題の解明が行われ、能の演技と修行のあり方に関して理論的な方向付けがなされている。この書の要となるのが「舞声為根」の説である。簡単に記すと、舞と音曲(謡)および器楽伴奏との関連性を強調している内容である。

木枯は『鏡騒』に至って、はっきりと世阿弥の能楽論を心に描きながら、俳句という舞台で舞手(テーマ)と音曲(韻文)の和声を図ったのではなかろうか。そして視覚、聴覚はじめ五感を駆使した表現の結晶としての俳句が一句集として著されたのである。

能楽の虚か実か定かでないところが幽玄と呼ばれる所以でもある。「面」は照らし(仰向いて喜びを表す)曇らし(俯いて愁いを表す)ながら、幻想的な「鏡」の世界を、観客の前に具現させるのだ。世阿弥の能楽が体系化された『花鏡』に「鏡」の字があるのも、単なる偶然とは思えないのである。

木枯の句〈面ンはづすときは両手や世阿彌の忌〉の「面」がはずされたとき、その下から現われるのは、予期しなかった、さらなる「面」かもしれない。その一部始終を「鏡」が映し出している。

( 了 )

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