2011-09-18

子規式 馬糞に始まり糸瓜に終わる

子規式馬糞に始まり糸瓜に終わる
西原天気


明日は子規忌。正岡子規の十代の作から、亡くなる35歳の作まで、駆け足で読んでいきたいと思います。秀句集でも撰でもありません。有名な句もどんどん洩らしています。気ままな拾い読みです。

いいすか?

じゃ、行くね。


初雪やかくれおほせぬ馬の糞  明治十八年

雪、とりわけ初雪は、美しい句になりがちです。

それを、馬糞て。

最初期、子規18歳頃の句。若気のいたり? 否、俳諧の海へと向かう青年の大志と解すべきでありましょう。


海原や何の苦もなく上る月
  明治二十一年

おおらか。のびやか。


雪よりも時雨にもろし冬牡丹
  明治二十一年

園芸教室の先生みたいなことを言ってます。


あたたかな雨がふるなり枯葎
  明治二十三年

むかしこの句を読んだとき、自分が枯葎になったみたいに気持ちよく雨を感じました。

上田信治さんがこの句に「クオリア」を感じると言ったような気がして、質すと、私の記録違いだったようですが、「自分がそう言っててもおかしくないですね」とも返答。脈絡のある記憶違い・勘違いだったわけです。

「クオリア」はご存じのように茂木健一郎が巷間に広めた語。学問的には怪しいのですか? よく知りませんが、なんだかわからんものを言うのに最適なような気もして、とすれば、俳句にたびたび生起する「なんだかわからんもの」との相性は良さそうです。句会で広まらないかしらん。「クオリアを持った句ですね。特選にいただきました」とか。


雲助の睾丸黒き榾火哉
  明治二十四年

睾丸です。こうがん。歴史的仮名遣いでは、かうぐわん。

働く男(雲助を労働者といっていいかどうかは別にして)の睾丸と火というイメージの連関が子規にはあるらしく、〈関守の睾丸あぶる火鉢哉 明治二十六年〉という句もあります。

なお、子規には睾丸の句が他にたくさんあり、その点、ロビン・D・ギル(敬愚)さんの名文「金玉の寂しさ 或いは子規居士の睾丸供養」に詳しい。

句だけ引くと〈睾丸の邪魔になったる涼み哉〉〈睾丸をのせて重たき団扇哉〉〈睾丸の汗かいて居るあはれ也〉〈夏痩やきん丸許り平気也〉〈睾丸の垢取る冬の日向哉〉など。


元朝や米くれさうな家はどこ  明治二十五年

「乞食」と前書があるので、子規の見た乞食の話です。子規が「どこ?」と探し回っていたわけではありません。

乞食は、現在、マスコミで差別用語とみなされるようですが、むかし、親たちは「お乞食さん」と敬称していた気がします。余談ですが、良い世の中とは、乞食がいない世の中ではなく、お乞食さんが暮らしていけるような世の中だと思います。


恐ろしき女も出たる花見哉  明治二十五年

「恐ろしき」が何を指すのか? 国語学的に解明されることなのでしょうが、勝手に想像すれば、伝法な感じ? 25歳前後の青年・子規が恐ろしがる女性とは、世慣れていて、ちょっといい女、くらいの感じかもしれません。

「出たる」がいいですよね。「出たっw」って感じで。


大仏にはらわたのなき涼しさよ  明治二十五年

鎌倉大仏と前書にあります。そうだよなあ、という句、


面白や馬刀の居る穴居らぬ穴  明治二十六年

潮干で無邪気に遊ぶ子規。母性をくすぐりそう。


さはるもの蒲団木枕皆あつし  明治二十六年

もう、なにもかにも、暑くて暑くて。という句。

なお、明治二十六年は「暑し」暑さ」を句を、これでもかというくらいたくさん詠んでいます。


すずしさや臍の真上の天の川  明治二十六年

明治二十六年は「涼し」の句も多いです。この句、なんと気持ちがいいのでしょう! やっぱ、人間、アタマじゃなく、ヘソで生きなきゃ、ですね(意味不明)。

裸になって仰向けの子規と事象が垂直に照応するという構図は、〈薫風や裸の上に松の影 明治二十八年〉も同様。


蝶を追う虻の力や瓜の花  明治二十六年

子規には、いま季語とされている語が複数登場する句がたくさんあります。この句は、3つ。

「季語は1つでないとダメ」という先生も少なからずいらっしゃるようですが。


どちらから見てもうしろの案山子哉  明治二十六年

顔の「へのへのもへじ」くらい描けよ、という話か。あるいは首から下のことを言っているのか。

「いや、横はわかるでしょ?」というツッコミはナシです。

子規にはこんな案山子の句もあります。

どう見ても案山子に耳はなかりけり
  明治二十八年

たしかに、そうかも。

男ばかりと見えて案山子の哀れ也  明治二十八年

いまは、女性の案山子もあるんですが、すっごい陰惨です(≫画像A、≫画像B、≫画像C、≫画像D)。案山子は男だけのほうがいいですよ、子規さん。


鼻水の黒きもあはれ煤払  明治二十六年

これは、煤払もせずに、そばで眺めてるだけ、という風情ですね。


凩や蝉も栄螺もから許り  明治二十六年

蝉の抜け殻、栄螺の食べ残し。ふたつ並べるか?という…。


星落ちて石となる夜の寒さ哉  明治二十七年

めずらしくスペイシィーな句。

でも、流れ星が地球に辿り着いて、まだ石なのはごくごく稀のようですね。途中で燃え尽きてしまう。燃え尽きないくらい寒い、ということで、どうぞ、よろしく。


頭巾ぬげば皆坊主でもなかりけり  明治二十七年

そりゃ、そうだろ。でも、坊主率は高い。いまも、毛糸のキャップなんかをかぶっている人の坊主率、禿げ率はそうとうなものだと思います。


貞女石に化す悪女海鼠に化すやらん  明治二十七年

石のような堅いはわかりますが、悪女は海鼠ですか。子規の女性観、不思議。


蝶々や旅人になつて見たく思ふ  明治二十七年

こういうピュアで無邪気な願望は、いいですよね。テクニックには、ほろっとしません。気持ちに、ほろっとするんですよね。


ここぢやあろ家あり梅も咲て居る  明治二十七年

話し言葉(伊予弁?)を取り入れて、軽快、飄々、ほのぼの。


これはこれはあちらこちらの初桜  明治二十七年

伊予弁ではありませんが、この句も話し言葉の軽さが生きてます。〈足柄はさぞ寒かつたでござんしよう 明治二十八年〉〈合点ぢや萩のうねりの其事か 明治三十一年〉などもそうですね。


初秋や三人つれだちてそこらあたり  明治二十七年

字余りがなんともリラックスした旅、気の置けない仲を伝えて、いい感じです。前書によれば、あとの二人は、碧梧桐と虚子。


立てば淋し立たねば淋し沢の鴫  明治二十七年

まさしく「鴫たつ沢の秋の夕暮」というわけで。


海広し師走の町を出はなれて  明治二十七年

年末の気ぜわしさは街なかだけ。そこから離れて、海にでも行けば、気分はゆったり、爽快です。


われは巨燵君は行脚の姿かな  明治二十七年

「芭蕉翁像に対す」と前書。旅に憧れてはいても、炬燵を離れられない。子規さんは、それでいいんだよ、みんなだって炬燵が大好きなんだよ、と言いたくなります。


天地を我が産み顔の海鼠かな  明治二十七年

海鼠の面妖な容姿、自分が創造主だとでも言いたげな…。


鮎はあれど鰻はあれど秋茄子  明治二十八年

茄子は私も大好きです。焼き茄子も美味しいし、油炊きも行けます(ウチのイナカでは海老じゃこから出る出汁をきかしていました)。鮎とか鰻とか外で食べる料理よりも、家のごはんがいちばんです。


冬ごもり顔も洗はず書に対す  明治二十八年

汚ねえなあ、なんて言ってはダメです。顔を洗ってる暇があったら、何ページかでもよけいに読んだほうがいい。研究する人の正しい生活態度です。

最近、しょっちゅう鏡の前で顔をやつしている若い男がいるそうですが、はっきり言って、バカです。


無精さや蒲団の中で足袋をぬぐ  明治二十八年

蒲団に入ってからじゃないと足が寒い。無精といえば無精ですが、研究する人は、それでかまいません。


もの涼し春日の巫の眼に惚れた  明治二十九年

恋?

巫女?

マニアック。

でも、巫女萌えって、いま、あるみたいですから、百年以上、先を行ってるともいえます。


蛾の飛んで陰気な茶屋や木下闇  明治二十九年

なんか、隠々滅々です。


葉桜はつまらぬものよ隅田川
  明治二十九年

いやなことでもあったのでしょうか。


めでたさに石投げつけん夏小袖  明治二十九年

荒れてます。よほどいやなことがあったんです。


長き夜や千年の後を考へる  明治二十九年

と思うと、突然、気宇壮大。

大丈夫。千年後、人類がまだ生きていたら、子規の名もきっと残っています。


毒茸や赤きは真赤黄は真黄  明治二十九年

あかきはまっか、きはまっき。調子がよろしいです。


貧乏は妾も置かず湯婆哉  明治二十九年

実際そうなんですが、子規の場合、妾よりもまず正妻でしょう?


雪ふるよ障子の穴を見てあれば  明治二十九年

有名句〈いくたびも雪の深さを尋ねけり 明治二十九年〉と同じ時期の句。「尋ねけり」は病床の悲哀でモテそうですが、「障子の穴」のキュートさもなかなかです。


見に行くや野分のあとの百花園  明治三十年

向島の百花園は、東京の俳句愛好家なら誰でも一度は吟行に出かけたことがあるのではないでしょうか。台風の後、どうなっているのか? これは興味津々です。


金持は涼しき家に住みにけり  明治三十一年

たしかに。お金持ちは、万事、涼しい顔で暮らしていそうです。

それにひきかえ、

蚤とり粉の広告を読む牀の中  明治三十一年

ひゃあ、貧乏!


螽焼く爺の話や嘘だらけ  明治三十一年

こういう爺さん、いますね。


芭蕉忌や芭蕉に媚びる人いやし  明治三十一年

いまも、何かといえば「芭蕉、芭蕉」と本格ぶる人、いますよ。


雪の絵を春も掛けたる埃哉  明治三十二年

季節はずれどころか、何年も前から掛けっぱなしのようでもあります。


手に満つる蜆うれしや友を呼ぶ  明治三十二年

呼ばれたこっちは、もっとうれしい。


蘭の花我に鄙吝の心あり  明治三十二年

蘭は、当時も贅沢品だったのでしょう。

それでも、

人賤しく蘭の価を論じけり  明治三十二年

値段のことばかり言ってるよりは(これみよがしの胡蝶蘭の鉢植え)、ケチで買えないほうが健全です。


十年の苦学毛の無き毛布哉  明治三十三年

苦学の徒には蘭は似合いません。毛も取れて薄くなってしまった毛布が神々しいです。


行く春ややぶれかぶれの迎酒  明治三十四年

ああ、もう、なにもかも、いやだー、と。

でも、

汐干潟うれし物皆生きて居る  明治三十五年

そうだ、みんな、生きているんだ!


糸瓜咲て痰のつまりし仏かな  明治三十五年

痰一斗糸瓜の水も間にあはず  明治三十五年

をととひのへちまの水も取らざりき  明治三十五年

有名な絶唱3句。

子規の糸瓜の句を拾ってみると、〈秋に形あらば糸瓜に似たるべし 明治二十四年〉〈垢すりになるべく糸瓜愚也けり 明治二十九年〉〈西行に糸瓜の歌はなかりけり 明治三十一年〉〈糸瓜さへ仏になるぞ後るるな 明治三十四年〉〈枯尽くす糸瓜の棚の氷柱哉 明治三十五年〉と、それぞれ意味深長なふうにも読めます。子規と糸瓜は、ほんと、切り離せない。


というわけで、えらいこと駆け足でした。

子規の句3000句以上に目を通して、なんだか、子規という人、子規という若者が身近な存在になりました。

で、子規って、いいやつだな、というのが結論。


いつか全句(いったい何句あるでしょう?)を、今度はもうすこしゆっくりと読んでみたいものです。

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