2011-10-23

空蝉の部屋 飯島晴子を読む〔 1 〕小林苑を

空蝉の部屋 飯島晴子を読む

〔 1 〕


小林苑を

『里』第2巻第47号・通巻95号(2011年2月号)より転載


蛍の夜老い放題に老いんとす  『寒晴』

二月号なら春の句でしょうと思いながら、また夏の句。俳句では「季感」が大事にされる、にもかかわらずこの句から稿を始めたい。言葉と俳句形式に対峙しつづけた俳人としてだけではなく、女性としての立ち姿を感じる句だ。

昭和六十二年、六十六歳の作。前年に夫を亡くしている。代表句として多くの鑑賞がある。例えば、宇多喜代子はつぎのように書く。

「この当時、まだ老いを感じさせるものは何もなくて、とても若々しく見えていたのです。―略―いずれにしても『老い放題に老いる』とは、よしんば老醜をさらすことになろうとも、自然のままに老いて日日を生きてゆきますということです。飯島晴子は虚飾をもっとも嫌がっていた人でしたから、老いを繕うようなこととは無縁でした」〔*1〕

当時「鷹」に所属して身近に接していた小林貴子も、その優れた晴子論『飯島晴子論―アナーキーな狩人』〔*2〕の中で、宇多と同じように「実感は籠るが、老い放題というにはまだまだである」と言っている。

私自身、その年齢に近づいてみると、体力はなくなるし物忘れはするし、老いが身近に迫ってきたのを感じてはいるが、老人とまではいかない。そんな半端な年代で、つまり覚悟しなくちゃと思うのである。まして、長年連れ添い、共に老いていくはずの人を失ったのであれば、残る人生へ孤高に立ち向かうのだという気持ちはひとしおであろう。現在とは違い、女性が六十代にもなればそれらしく振舞うことが求められてもいた。この句にはそうした思いが込められているに違いない。

そんな覚悟を示すのに「老い放題に老いんとす」はいかにも晴子らしい。すっと心に響いてくるが常套ではなく、耳慣れないけれど、好き放題とは奔放でさえある。同時期に書かれた〈後家といふ身のなかなかに芋の月〉について、小林が「『後家』の句のパワフルなこと」〔*3〕と書いたように、淋しいが自由でもある身となった晴子の句は、この頃から言葉との格闘からも放たれ、自在になった印象を受ける。

けれども、と私は思う。この句の魅力はそんな事実や覚悟の見事さにあるのではない。

この、いかにも晴子らしい決然とした措辞に、「蛍の夜」が配される。俳句を前にしたとき作者はいらない。読者は、幻想的で甘美な草叢に連れて行かれると、微かな狂気さえ感じる何者かがそこにいる。蛍の明滅する闇の中で「老い放題に老いんとす」という何者かの声を聞くのである。この句の魅力は「蛍の夜」という場面設定があってこそなのだ。

晴子に「蛍」というエッセイがある。「蛍という言葉を入れて詩歌をつくろうとすれば、幼時の田園風景などよりまず、恋ということになろう。蛍に言葉として本来最も近い言葉は恋であると言ってもよい〔*4〕とはじまり、和泉式部の物語、そして秩父へ向かう途中に見た蛍の話へとつづき、この折りに〈蛍とび疑ひぶかき親の箸〉の句を得たと終わるのだが、蛍と言えばまず恋、なのである。蛍に恋を取り合わせるようなことは決してしない晴子ではあるが、それでも季語は、言葉は、読者に語りかける。

関西吟行に行ったとき、里の同人の木村蝸牛氏に貴船をご案内いただいた。和泉式部の蛍の物語の舞台である。昼でも鬱蒼と茂る木々のせいで薄暗い。蛍の飛ぶような場所は水の匂いが濃く、夜の闇は本当に深いだろう。誰でも幻想と現実のあわいに引きずり込まれてしまうに違いない。

「蛍の夜」は恋の物語を引き寄せる。だからこそ「老い放題に老いんとす」は痛切に響く。
俳句は短いからこそ想像の幅が広がる。ドラマチックな句だけが面白いという気はさらさらない。ぽつんと景だけがある句に震えるような深さを感じることもできる。ただ、晴子句について言えば、物語性がひとつのキーワードである。

季感について、晴子はこんなことを書いている。

季の問題においても、私はいわば恰好だけの有季である。―略―(季感は)私の命題ではない。私の有季が(有季正統派・革新派)両方から気に入られていないということは、私の気に入っている。私の思うつぼにそうはずれていないところを歩いている証拠かと、ひそかにほくそえんでいる」「季語といわれる一群の言葉は、その本意の重たさのゆえに、最も扱い甲斐のある言葉である。本意が重たければ、力のかけ具合によってほんの少しの力で動かすことが出来るし、逆転の予想外の衝撃力も大きい。本意の濃い方が、それについて新しいリアリティを成立させやすいのである〔*5〕

啖呵を切るような小気味よい語り口は「老い放題に老いんとす」の表現に通ずるものだ。本意の重さを十分に生かすことで、この句は成立している。

こういうどん詰まりのようなことを言ってしまうと、今後蛍では句がつくれないだろうという予感がした〔*6〕と、自解して語っているのが印象的である。

晴子の忌日は「蛍火忌」と名付けられた。


〔*1〕NHK俳句『女性俳句の光と影』二〇〇八年
〔*2〕『12の現代俳人論』収録。同書は月刊『俳句』二〇〇三月号~二〇〇五年五月号の連載に加筆して二〇〇五年に単行本化
〔*3〕
〔*4〕「蛍」『飯島晴子読本』収録。『俳句とエッセイ』一九七五年を再録
〔*5〕「私の俳句作法」『飯島晴子読本』収録。『毎日新聞』一九一〇年五月~六月
〔*6〕「自句自解」『飯島晴子読本』収録。『鷹むさしの』一九八八年九月~一九〇三年六月

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