2012-03-25

成分表49 顔 上田信治

成分表49


上田信治


「里」2010年3月号より転載


写真に写った自分の顔を見ると、たいがいは、いやな顔をしているとか、笑い方に失敗しているとか思う。

それは他人の場合もそうで、特に写真うつりの悪い人というような人もいる。どうして写真の時に限ってこんな顔を、と思ったりするのだが、たぶんそうではなく、写真には、人のふだん見えていない顔が、写ってしまうというようなことがあるのだろう。

モデルや俳優など見られる商売の人は、どの瞬間を切り取っても、おおむねきれいに笑っている。笑う時の口の開け方や顔のしかめ方に流行があって、ということは、それらの多くは意識して身につけたものなのだろう。

しかし、同じプロでも、それこそ光り輝くように笑える人とそうでない人がいて、それは顔かたちとはまた別の、天分によるものと思われる。

子供は、大人一般より、ずっと「輝くような」顔をしている。それは、報道写真の中の子も(そういう強い顔を選ぶのでしょうが)、年賀状にプリントされた他人の子も、笑っていてもいなくてもそうなので、自分が今「天分」と言ったような輝きは、成長につれて減る「子供」成分の多寡によるのかもしれない。

では、人は年とともに汚くなる一方かというと、そんなこともない。例えば、と手に取った朝日文庫の『現代俳句の世界13 永田耕衣 秋元不死男 平畑静塔集』所収の顔写真を見ると、三人が三人ともすばらしい顔をしている。

それに勇気を得て、アンソロジーや全集で有名俳人の顔写真を片端から見ていくと、美しい人もいるが、いい年をして、シナを作っていたり、うつろな目をしていたり、田舎の警察署長のようだったり、純粋に情けない顔だったりするので、なかなか当惑する。どうも、はじめに見た三人が大当りだったらしい。

 街を見て糞まり寒き艀の子  秋元不死男 
 狂ひても母乳は白し蜂光る  平畑静塔


一度にたくさんの顔を見た上での勘で言うが、老年の人の顔が美しくあるためには、悲しみと、それと拮抗し抑制しあう激しさが、ともに不可欠なように思える。

中年の人の顔の美しさについては、なかなか困難であると思った。

 白蓮や顔ならば穴開いてゐる  永田耕衣

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