2012-03-11

奥村晃作同好会 後篇 太田うさぎ×西原天気

奥村晃作同好会 後篇

太田うさぎ×西原天気


承前〔前篇〕


「賀春」「賀正」数々あれど結局常に決する「謹賀新年」

天気●これ、私もそう。この何十年か、「謹賀新年」で押し通してます。「オクムラさん、私も、一緒!一緒!」と嬉しくなる。「賀正」とは目上の人には使えないらしくて、それもあるんでのですが、「謹賀新年」の四文字が坐りがいいんですよね。

うさぎ●「決する」が可笑しい。一大事なんだ。オクムラさんの場合は毎年悩むんですね。心の揺れは案外オクムラさんのポイントであるような…。


一般に犬はワンワン叫ぶから普通名詞でワンちゃんと呼ぶ

うさぎ●「ワンちゃん」は普通名詞か?

天気●固有名詞でもないから普通名詞なんでしょうね。

うさぎ●「普通名詞」の認識がフツーじゃありません。

天気●はい、フツーじゃない。「一般には」(commonly)、「普通名詞」(common noun)。同義反復(ついでだから英語使っちゃえばトートロジー)ではないけれど、トートロジーっぽくもある。歌のなかでぐるんぐるん廻っている感じが多いようにも思います。これも三十一音のアドバンテージ?  あと「叫ぶ」が小技。


指に持つ切符機械の口に入れピュッと出てくる先の口から

うさぎ●自動改札ですね。あのスリットはまあ「口」とも言うわけで、機械は機械の仕事をしているだけなんですが、「口」が本当の口のようで、「ピュッ」が可愛不気味いい。「先の口から」もヘン。

天気●「先の口」。ここ、小技を効かしてますよね。

うさぎ●オクムラさん、今のSuicaやパスモも短歌にしているのでしょうか。


あつけなくふいにとつぜん明けました梅雨は明けました七月二十日

うさぎ●前半同じ意味のことを繰り返しています。浪費というか意味のない贅沢というか。それまでのしんねりした雨天続きから、いきなりカラっと快晴が始まるときは実際こんな気分ですけど。

天気●「え? 何が明けたんだ?」と読んでいくと、ああ、梅雨か。で、「七月二十日」。この日付を最後に持ってくるとこが可笑しい。大好きなオクムラ(もう呼び捨て)のなかでも、これ、特に好き。気象庁の梅雨明け宣言が「あつけなくふいにとつぜん」なんでしょうね。


佐渡金山作業ロボット大声で叫びをり「女にも会ひたいなあ」

うさぎ●あっはっは。何これ! 私も佐渡に旅行したとき金山資料館行きました。電気仕掛の人形を設置して江戸時代の炭鉱の様子を復元しているのですが、本来欲望とか喜怒哀楽を持たない機械に、”人らしさ”を着せた結果ナンセンスな笑いが生まれてしまう。ロボットを作った人たちの思いも勿論わかるのですが。この句も読む側は爆笑ですが、オクムラさんは真面目に作っていますよね。

天気●可笑しすぎますよね、これ。まあ、男の立場で言わせていただくと、男性の恋情・劣情のアピールは、ちょっとロボット的にオートマチックなところがあります。時間が来れば、「会ひたい」。これは言うまでもなく「やりたい」ということなんですが。

うさぎ●旧仮名の「会ひたいなあ」ですね、ここは。

天気●第7歌集『男の眼』から新かなに変わったんですね。


セイウチは珍獣なれば居るだけでパンフレットの表紙を飾る

うさぎ●じっと読んでいるとですね、先に取り上げている「撮影の少女」の歌、あれも乳があるということだけでグラビアを飾っておるではないか、とそういう気分になって来ました。

天気●いや(笑、あるってだけじゃあないとは思うのですが、グラビアの少女は。セイウチの理屈で言えば《珍乳》は条件のひとつかもですね。

うさぎ●珍乳!今度どこかで使わせてもらいます、そのターム。


うまい順に食ふのかそれとも逆順に食ふのか象のエサの食ひざま

うさぎ●象を見てこんなこと考えるのは絶対オクムラさんくらいだと思う。詠ったもの勝ちの作品。

天気●はい、あまり歌にはしない気がする。だいたいにして、象の餌って何種類も出るのかなあ。一種類の草だけ食べてるイメージがあるけど、くだものとかもあるんでしょうね。

うさぎ●これも俳句では詠めないっぽくないですか。

天気●詠めたらステキでしょうけどね。


そんな歌止めるべしと言はれても感動派のボク歌は止めない

うさぎ●ビバ、オクムラ!! 止めないで!

天気●「ボク歌は止めない」でキュンとします。

うさぎ●オクムラさんがご自分のことを「感動派」と呼ぶ、その感動というものは、世間一般に流布している"感動”とは少し(かなり?)差異があるように思います。

天気●違いますね。とりわけ俳句では、「感動」を口にする人の句は《ひとりよがり》が多い。オクムラさんが言う「感動」って、なんなんでしょうね。

うさぎ●でも、考えていくと「感動とは何か」に行ってしまうし、実際、手放しで感動している歌もいっぱいあるんですよね。『多く日常のうた』には「歌の歌」という26首の連作があり、《物に触れ発するよりも事柄に心の動く時代ならずや》、《レトリックから心への転換をモードの換えを願いて久し》などの歌はオクムラさんを知る手がかりになる感じはします。《見る夢はむろん短歌の夢ばかり二十四時間モードは短歌》、凄っ!


「ロッカーを蹴るなら人の顔蹴れ」と生徒にさとす「ロッカーは蹴るな」

「もの言へぬロッカー蹴るな鬱屈を晴らしたければ人を蹴りなさい」

「人蹴ればケンカになるよ先生」と生徒の一人がすぐ応へたり


うさぎ●学校では結構人気あったんじゃないかな。ラジカルだけれど、筋が通っています。

天気●「もの言へぬロッカー」への暴力はいけない。ロッカー愛を感じます。

うさぎ●生徒の方がオトナな対応(笑)。この3作は最後の生徒のリアクションがあるからいいんですね。「すぐ」も活きています。


ハトヤの「ハ」ホテル聚楽の建物に隠れて見えぬ夕町歩く

うさぎ●これも好きです。本当にどうでもいいようなことなんですが。「ハトヤ」「聚楽」といった固有名詞に昭和の記憶を呼び戻されます。ハトヤが「トヤ」になっている、とかそんなことが表現世界にリアルを作り上げるんですよね。

天気●チープ感。「夕町歩く」という処理はオクヤマさんにはめずらしいと思いました。


居ても居なくてもいい人間は居なくてはならないのだと一喝したり

うさぎ●「一喝」ですよ。これも、もしかしたら学校短歌の一つでしょうか。じ~んとします。

天気●はい、胸が熱くなります。「オレなんか、どうせ、居ても居なくてもいいんだよぉぉぉ!」にオクムラさんが一喝。などと、寸劇っぽく茶化すのではなく、これ、ほんと、いい言葉ですよね。「ああ、居なくてはならないのだ」とこっちまで救われる。


エンピツは芯のめぐりを木質が包(くる)む造りの今に変わらず

うさぎ●五七五七までは鉛筆の形質を回りくどいまでに述べています。最後の「今に変わらず」にハッとさせられますね。まあ、でもこれはそんなにすごい出来でもないような…賞賛ばかりしていてもアレなので敢えて(笑)

天気●でも、まあ、造りが変わらない。イノヴェーションがないものって、そんなに多くない。鉛筆の保守主義っぷりに乾杯です。

うさぎ●その上で「マッチ箱犬」の歌を読み返す…興趣が尽きません。


大地震予知出来たとてその日その時全員どこにおれと言うのか

うさぎ●つい先日も地震があって……最近多いので本当にこの気持ちです。が、オクムラさんは「全員」なんですよね。自分の安全確保だけでなく、誰か一人欠けることもつらいんだと思うんです。先の「居ても居なくても」の歌にも通じる愛情が心底にある。ここがまた痺れるんだなあ。

天気●「全員」。これ、深い愛だなあ。

うさぎ●ヒューマニストオクムラの面目躍如ですね。


<イチロー>がもし<一郎>であったならあんな大打者になれたであろうか

うさぎ●なんか、この考察分かりませんか。姓のない<イチロー>はクリーンヒットをばんばん飛ばすような勢いがあるけれど、ただの<一郎>だとバットが重そうでピッチャーゴロな感じ。面白いです。

天気●んんん、<一郎>だと、いいとこ代打?

うさぎ●野球短歌では《金本はスゴイ奴だよ<頭部死球>直後の打席でホームラン打つ》というのもあってこれも好きなんですよねえ、別に野球ファンではないんですが。

天気●これ、よく覚えてます。ピッチャーは木佐貫だった。調べてみると、2008年5月7日の対ジャイアンツ戦でした(≫動画)。


エスカレーターの備えがあれば一般にフツーの人はそちらへ歩く

うさぎ●はい、私もフツーの人。「フツー」という表記が出回るようになったのはいつ頃からでしょう。「タダゴト」を愛するオクムラさんは”フツー”をフツーに大事にしていると思います。《怒りをば喉に抑えて地団駄を踏みたるのちはフツーに歩く》という使い方もあります。

天気●JRの社長みたいな口ぶりがおもしろい。


「初舞台の奥村さん」と司会者に紹介されてステージに立つ

うさぎ●初舞台。高揚感が伝わってきます。

天気●ギター演奏なんですよね。クラシックギター。この歌のあとに、《深々と礼(いや)なすわれに会場の人ら励ましの拍手を給う》《途中から弦(げん)(ひ)く指が震え出し心も震えガクガクとなる》《震えるぞ 今に震える と思ったら震えちまって弦を弾(はじ)けず》などが続きます。このシリーズも傑作だなあ。最後のなんて、自分に暗示かけてる(笑。

うさぎ●どれもいいです。


落着いてふるまう人の後に付きオレは座席に坐れなんだわ

うさぎ●あー、あるあるある、始発駅で電車を待っているときなどいるんですよ、ことさら鷹揚に構えて乗り込む人が。

天気●そうそう。

うさぎ●「坐れなんだわ」の口語がトホホな共感を呼びます。これもフツー短歌のジャンルかもしれません。


博文(ひろぶみ)も諭吉(ゆきち)も札(さつ)に刷られたが札に刷られてよき人にあらず

聖徳太子、夏目漱石は問題なし、お札に刷られて問題なし


うさぎ●何ですか、この独断、ふふ。問題ある人の場合は”札”で、オッケーな人は”お札”というところがまた可愛らしいです。

天気●「問題なし」がめちゃくちゃツボです。「札に刷られるような奴にロクなやつはいねえんだよ。伊藤博文とか福沢諭吉とか」「じゃあ、聖徳太子は? 夏目漱石は?」「いや、そのへんは、問題なし」。融通無碍の魅力です。

うさぎ●「問題なし」のリフレインがたまりません。


「広辞苑」五版があえて載せてない「ルーズソックス」の歌詠まんとす

「ルーズソックス」最初にはいた女子高生誰か知ってる?すごいことだね


うさぎ●高校教師オクムラさんにとって「ルーズソックス」は”日常”だったでしょう。所信表明的な歌とも言えます。「あえて」の置き場所に興味をそそられます。広辞苑が載せていないけれど敢えて読むぞ、じゃないんですね。載せてよかろうものを敢えて外している、という見方。こういうスパイシーな技に魅了されますね。

天気●そう。あえて載せてないことはわかってるけど、詠むよ、オレは、というかんじ。ルーズソックスの歌は、例えば第7歌集『男の眼』(1999年)に《オジさんがおのず惹かれて眼の行くは女子高生のルーズソックス》《だぶだぶのルーズソックスが引き立てる少女(おとめ)の白いミニスカの脚》といったダイレクトな歌もあります。

うさぎ●ルーズソックスは下手すりゃ足を太く見せるリスキーなアイテムです。流行は世間に万遍なく行き渡ると安心感すら出てくるものですが(一時のヤマンバメークとか)、先鞭をつけたコの勇敢さはやっぱりすごい。まるまる感動しているオクムラさんもすごい。

天気●モードの創始者。プロからでもメディアからでもなく、草の根から始まるモードつうことで、「すごいこと」です。


われに不要の仕切りと袋あまた付くこの重いカバン買ってしまった

うさぎ●もう、この歌も大好きですね。激しく共感します。カバンを開くたびに使わない仕切りや袋の数々が「買ってしまった」感に追い打ちをかけるのでは。しかも重いんですからねえ。うーん、わかるわかる。

天気●仕切りやポケットが多すぎてどこに入れたか、わからなくなってしまいったり、ね。おまけに革製で、重い。「買ってしまった」という締めに、エラくコクがあります。


<激辛>の上に<超激辛>ありて「止めたがいい」と店の人言う

うさぎ●超激笑。なんたって「止めたがいい」の決め台詞です。

天気●親切な店の人(笑。そんなこと言うなら、最初から<超激辛>なんてメニューやめればいいのに、というのは、野暮です。

うさぎ●一コマ短歌漫画「オクムラさん」。誰か描いてくれないかなあ。


オレは蜂に刺されたことなくこれからも刺される気しないふつうにしてて

うさぎ●ここはなぜかお馴染みの「フツー」ではなく平仮名です。どんな意図があるのかわ分かりかねるのですが。とまれ「ふつうにしてて」が絶対的におかしい。蜂に刺されないってそんなに胸を張るようなことなんでしょうか?

天気●「いや、そりゃ、ふつうじゃないことすれば、刺されるかもしれないけどね」という…。

うさぎ●しかもなんなんだ、この根拠のない自信は。いいなあ。

天気●もう、このあたりの歌は悶絶もので好いてしまいます。


「出られる」は四音にして「出れる」だと三音だからピシリと決まる

うさぎ●私、基本的には「ら抜き」言葉が苦手なんです、「食べれる」とか「見れる」とか、脳が違和感を覚えるみたいで。ですので、この歌は意外というか、ある意味目から鱗でした。「ピシリと決まる」、なるほどね、そういう捉え方もあるんだ、と。歌集のタイトルになっていますね。

天気●「ら抜き」は、去年、初めて意識的に使いました。『けむり』のあとがき。「十四年近くもの長きにわたって俳句を遊んでこれたのは」の「これた」。このときはオクムラさんのこの歌を読んでなかったけれど、「遊んでこられた」だと、なぜか違和感があった。あえて「ら抜き」というのは、自分の本だからできたことなんですが。


転倒の瞬間ダメかと思ったが打つべき箇所を打って立ち上がる

うさぎ●スキーかな。倒れたときの心のパニック状態と、立ち上がったときのフツーの表情の対比が笑えます。ただ笑えるだけでなくて、なんだか勇気づけられる歌です。

天気●たしかに。道を歩いていて、よりも、スキーのほうが興趣が増しますね。第9歌集『キケンの水位』(2003年)には連作「スキー」があって《板の金具に靴押しはめてガッチンコ板はぴたりと足に付きたり》。んん、もう、「ガッチンコ」って…(笑。


ヒマラヤの青芥子の花一目見に来たけどべつにフツーの花だ

うさぎ●あああ、言っちゃたよ。ヒマラヤくんだりまで出かけたのに、「べつにフツー」と突き放しちゃう。ある意味贅沢ではあります。

天気●まあ、実際は壮観だと思うんですよ、花の谷は。

うさぎ●オクムラさん、国内外各地にお出かけなさるようで、トルコを詠んだいい歌もたくさんあるし、スペインでは《『聖家族教会』なんと作業中の工事現場にて教会にあらず》という経験も。

天気●年譜を見ると、1996年頃から毎年のように海外に出かけていらっしゃいますね。


「奥村はふびんな奴だ」その歌の「ただごと歌」が無視同然で

うさぎ●自己憐憫でも開き直りでもなく、平静に客観的な姿勢ですが、結構したたかな詠みぶりではないでしょうか。最初に言った通り、歌壇のことはさっぱり不案内ですけれど、実際は無視同然てことはないでしょう、ファンも多いに違いないです。でも、「オクムラさーん、ここにも『ただごと』歌を愛している者がおりますですよー!」と手を振りたくなります。

天気●「奥村晃作同好会」現在部員二名、として、ね。

うさぎ●今回天気さんに声を掛けて頂いたおかげで再び奥村晃作の世界を堪能しました。楽しかったです。中年のハゲの歌は殿堂入りです。ありがとうございました。

天気●こちらこそ、ありがとうございます。『空と自動車』には入っていない第10歌集以降も読んでみたいです。入手困難なようですが。近刊の歌集について、またやりたいですね。

うさぎ●部員募集中!

1 comments:

Soup Stock -七 さんのコメント...

奥村晃作!!探してみよう!