2012-05-13

林田紀音夫全句集拾読213 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
213



野口 裕



いちまいの池のひかりのかいつぶり

昭和五十五年、未発表句。夕刻だろうか、池の反照を通してみるかいつぶり。潜っては浮き上がるを繰り返すシルエット。句はそれ以上を何も言わない。第一句集の「舌いちまいを大切に群衆のひとり」を思い出すもよし、思い出さぬもよし。

 

椅子空いて雲の翳人の影過ぎる

昭和五十五年、未発表句。人の座っていない椅子に雲や人の影が通り過ぎたというだけの景色だが、椅子と雲と人の関係が色々と想像できて想像は尽きない。あれこれと考えている内に、雲も人も異界の存在に見えてくる。翳と影のニュアンスの違いから、雲は少しうらめしげに、人はそっけなく。

 

扇風機音してはるかなものを追う

昭和五十五年、未発表句。首を振って旋回中の扇風機か。あてどなく追うものはつかまりそうもない。「もの」が、いかにも未発表句の風情を漂わせる。


胸の訃に萍の寄るひとところ

昭和五十五年、未発表句。これも「ひとところ」が、やはり未発表句というところか。しかし、「胸」と「萍」の取り合わせが、うつむき加減の自画像を思わせて巧み。

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