2012-06-24

〔俳コレの一句〕夜はこれから 渋川京子の一句 西原天気

〔俳コレの一句〕
夜はこれから 渋川京子の一句

西原天気


レモン囓る夜空は大いなる途中  渋川京子

「まだ宵の口」という科白をよく耳にした。帰宅するまで、寝るまでには、まだ時間がたっぷりある。仕事にはあまり使わない。愉しいことをしている。そうした慣れ親しんでカジュアルな、悪く言えば俗な事柄を、この句が詠んでいると言うのではないが、まだ「途中」である、このさきがあるのだという物言いには、自分のような俗な人間には、詩としてよりも、ふだんの気分として受け取るほうがしっくりくる。

夜ではなく、「夜空」と、実際に目に見えること、頭上に広がるものとした功績は、ほんとうに大きい。夜とか時間とかの観念をはるかに凌ぐ、夜空というモノの威力にあらためて気づかされる。

一方、「レモン囓る」は、なぜか作者がひとり、そこにいるような気にさせる。レモンという一点、囓る行為という一点を中心に、夜空が刻々と、またゆったりと「途中」である、その構成の妙。

加えて、レモンは熟成の似合わない果実であることから、この句の一瞬性が際立つ。試しに、桃やバナナなど熟れてゆく果実を代わりに置いてみれば、この句の鮮やかさがよくわかる。

名状し難く、しかし確かに(作者の、そして読者の)そこにあった気分が、みごとに定位した一句です。


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