2012-07-01

林田紀音夫全句集拾読220 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
220




野口 裕




雲ひたすらな銀杏の黄地に移る

昭和五十六年、未発表句。七五六の変則句形。銀杏の黄を眺め尽くした果てに、ためこんだ息を一気に吐き出した、漢文読み下し調。銀杏が季語でなければ発想し得ない。


風荒れて眠れない夜の爪のびる

昭和五十六年、未発表句。懊悩と無関係にのびる爪。自嘲か。紀音夫にとって、爪は繰り返し使用可能となる重宝したアイテムであるが、成功した句はあまりないが、不眠との取り合わせは珍しい。

 

紫陽花の剪られしのちも色違う

昭和五十七年、未発表句。切り花になってからも色が変化してゆく紫陽花を驚きの目で見ている作者。根を張るべき所から切り離されたという感覚は、作者の自意識の中にもある。紀音夫の常套語である、「かなしい」や「さびしい」も抑制されている。季語が季語として用いられている点が作者としては不満だったか。

 

雨いちにち葉書にペンの字が崩れ

昭和五十七年、未発表句。何を書こうかとあれこれ考え、やっとまとまった文案を書き出したが、頭の動きに手が追いつかず字体が崩れてゆく。ていねいに書こうとすれば、考えていた文案はどこかに行きそうでもあるし。おりしも雨の一日。

というふうに、大幅な想像を加えないと味わえないということは、まだ未完成なのだろう。思い浮かんだ句は有季なのだが、浮かんだ言葉をむりやり「雨いちにち」と置きかえたような印象がある。


シグナルに染まるひとりに一人ふえ

昭和五十七年、未発表句。遮断機で電車の通過を待っているところか。交差点の信号待ちとも考えられるが、「染まる」にふさわしいほどの光量を浴びるのは、遮断機の方だろう。「ひとり」と「一人」は、まったくの他人だが、同じ光を浴びて一瞬の関係を結ぶ。

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