2012-07-22

商店街放浪記52 五月の大阪、船場界隈を歩くはずが、編 小池康生

商店街放浪記52
五月の大阪、船場界隈を歩くはずが、編

小池康生


五月のことである。
路地裏荒縄会、幹事の順番が回ってきた。
さて、どこを歩こう。
四年目の路地裏荒縄会、たいていのところは歩いている。
しかし、五月には五月の大阪がある。

大雑把にゾーンを決め、そこをつらつら歩きたい。
その街に対するメンバーの知識や経験談が自然に出てきて、気がつけば面白い回になっているのが理想である。
大雑把に行こう。

メンバーにメールを送る。
『5月24日。18時30分。地下鉄『淀屋橋』駅、北側の改札出たところ。
書店の前に集合。それより早く集まれる人は、連絡よろしく。
船場界隈を歩くつもりです。
朱ペンより』

そうだ。わたしは朱ペンだった。

メールの送信先は、ペーパークラフトで大阪の名建築物を作るペーパーさん。

四文字熟語で語り、韓国料理店では韓国語でオーダーをだし、下卑た呑み屋でティッシュに筆ペンで俳句を作りだす筆ペンさん。

赤レンガの建築物をこよなく愛する赤レンガさん。
奈良で毎年、大きな町おこしイベントの中心人物でもある。

時々、怖い系の人と間違われ、用心棒代わりにはとても役立つ九条DX。

メール送信をして数日後、赤レンガさんから、早めに行けるかもしれないとの返事がきた。そして、当日――――――。
まだ、明るいうちからわたしは淀屋橋駅に近い、伏見町の「芝川ビル」に居た。

芝川ビルは、昭和2年に建設された名建築である。
一階のBarで赤レンガさんと待ち合わせたのだ。

Bar『the court』は、夕方早くから飲むにぴったりな気の利いた店である。
芝川ビルは、85年ほどの歴史を持っている。小さなビルだが、フランス映画に登場してもいいような味わいがある。こういうビルが、大阪の街に何気に存在していることを東京の人たちに知って欲しい。ホンマにコテコテばっかりやないんやから。この店以外にも建物内には魅力的なお店が多く、感度のいい大人たちの集まるビルなのである。

このBarの店名『the court』は、貴族の集まる社交場という意味があるらしいが、先に着いたわたしも、あとからくる赤レンガさんも、普通のおっちゃんとおばちゃんである。
おっちゃんは、女性バーテンダーに生ビールを注文し、窓際の席で、早めの帰路につくOLさんたちを眺める。


※芝川ビル、Bar『ザ・コート』

店内を乱暴に写生すると、二間続きのレイアウトである。
カウンターのある空間と、リビングのような空間。
写真はリビングのような空間の方で、大きめの木製テーブルと、皮製の応接セットがある。
ピクルスで、ビールを飲んでいるとケータイが鳴る。
筆ペンさんからの電話だ。
「少し遅れます」
この人の遅れますは、5分か10分。相変わらず几帳面な人だ。
1時間以上も前から、僅かな遅刻を伝えてくる。営業先でもない私に。
「あのですね・・・・」
新しい参加者を連れて行っていいかと訊かれる。もちろん。
きっと女性だ。糞マジメなくせに、女性への声掛けはマメなようである。
この几帳面な性格と女性へのマメさは、一生維持して欲しい。

一杯目のビールを空かけた時、赤レンガさんが到着。
彼女もビールを注文。そして、まずは、芝川ビルを褒めあう。
彼女の新事務所お披露目のとき、このビルに入っている有名なショコラティア『TIKAL  by Cacao en Masse』の奥さんが、チョコレートを持ってきていた。赤レンガさんの人脈は何気に広い。

このビルに懐中時計の専門店ができていて、その品揃えも、店員さんも素敵だと教えられる。
「あとで案内する」
あぁ、寄りますとも。地下のベトナム料理店も行っているし、何かのイベントの際、屋上に出店が並んだ時も遊びに来た。建築物として屋上のデザインもカッコ良く、ライトひとつ取っても絵になるし、デザインに優雅さがある。

そうだ、地下の喫茶店にも行っている。ここにも独特の雰囲気があり、都会の穴場である。この特別な空気感はなんだろうと気になっていたのだが、このビルの旧金庫室だったらしい。
そういえば、京都の烏丸に元銀行をカフェにした店があり、そこの金庫室はギャラリーとして利用されている。分厚い鉄の扉というのは、高いタワーと同じように、理屈抜きで人を惹きつける。
金庫の中に入れるなんて、それだけで面白いではないか。

赤レンガさんは、わたしの百倍くらいこのビルに詳しく、話は尽きないので。いつか一度、このビルだけの放浪編を作り、改めて案内してもらうことにする。
(既に今、もう大分書いたやないか。いやいや、まだまだある。ここには)

さて、今日の路地裏荒縄会は、淀屋橋駅を起点に、御堂筋と堺筋を結ぶ東西の通りを歩き、堺筋にタッチしたところで、少し南下し、今度は、御堂筋まで戻り、御堂筋に触れると一本南の通りに南下し、また東に向けて歩く。つまり、御堂筋と堺筋の二本の筋を、あみだくじ状に歩くという趣向だ。
そして、この間にどれだけ面白い建物があるか、皆がほつほつ語りだすのを楽しむのである。

船場界隈の名建築、何気に味わい深い建物を褒めそやすという企画である。
ざっくりした企画で、あとは、メンバーの知識や体験談を引き出せば、結構腹いっぱいの街歩きになるのだ。

赤レンガさんと、ピクルスをアテにぐびぐび。
やがて、私の句集『旧の渚』の話になる。
そうだ、句集が出た直後だったのだ。

句の感想はさておき、句集に慣れていない赤レンガさんは、中原道夫主宰の序文があって、句集の世界に入りやすかったという意見。
「序文を後で読む人もおるよ」
「いや、あれは最初に要る」

ツィッターで、『序文はあとから読んだ方がいい』というメッセージも流れてもいた。
まぁ、だいたい句集は、先入観なく句だけ読むのがいいのだろう。
しかし、どこの馬の骨とも分からない人間が登場した場合、すこしアウトラインを知りたいということもあろうし、句集が山ほど届く人には、読む価値があるかどうか知る手がかりが欲しいということもあろう。

一方で、逆に知りたくないという人もいる。
情報がゼロで、まったくニュートラルな状態で読みたいと考える人がいるのも自然なことだ。
要る人、要らない人。句を読んだあとに、序文を読む人。そもそもプライベートはどうでもいい、俳句の話だけでいいという人、色々である。

その後も、親しい俳人から
「あれ、要るの?」
「プライベートに踏み込みすぎじゃない。どうして何も言わなかったの」
などの意見も直接受けた。

わたしも初見のとき、少し驚きはした。
『おっ、ここまで・・・』
しかし、すぐに自分なりの結論をまとめた。
「これも師の教えかもしれない」と。

作家は、もっと自分を晒せといわれている気がしたし、晒すことを躊躇うなと言われている気がしたし、この句集の本質はそこにあるといわれているような気がする。別の先輩からも、「ここまで私小説的な世界を築いてきたところに・・・」と、日頃褒めない人から褒められもした。
別にメデタク舞い上がっているわけではなく、この句集の中にある幾つかのテイストの中の一つに、私小説的な部分もあり、それはこの句集の中心線だと、師がわたしに言っているような気がするのだ。

別の角度から考えよう。
師や先輩に序文跋文を頼むということは、どういうことかだ。
頼む。待つ。原稿が上がる。
この時間は、楽しみでもあるし、どう書かれるか怖いところもある。
自分はどう思われていたのだろうか、自分の俳句への評価とはどういうものだったのだろうか。どう書いても本音は垣間見える。だから、怖くもある。

書いて欲しい原稿の理想が自分の中にあったとして、その理想から離れていたとして、依頼した人間は戴いた原稿に対し、どういう態度をとるべきかである。

自分からお願いしておいて、出来上がった原稿のここがいい、ここは嫌などと言えるのか。師も先輩もプロだ。プロが弟子や後輩のことを考えて書くのだ。それを書いてもらった人間がとやかく言うのはおかしい。書かれた一行一行はよかれと考えられて、記されたことなのだ。

世の中には、お願いした原稿にクレームをつける人もいるのかもしれない。
では、何故頼むのだろう。自分の理想以外の原稿が欲しいのであれば、自分で序や跋を書けばいいのだ。
他人に任せるということは、自分と異なる視点からの原稿を貰うということだ。
それは予測不能。だから面白いのだ。頼んだのであれば、原稿が上がっていただけで喜び、礼だけを言えばいい。

クレームや書き直しの要求など考えられない。もちろん、わたしの場合、クレームなどない。

先輩の跋文、師の序文をカクテルして読めば、自分を晒せ、前へ出よというメッセージをもらったと受け止めている。
それに、師からもらった序文の最後の一行は重く、それだけで第二句集までのエネルギーは蓄えられた。

もとい。
商店街放浪記である。
街の話に戻らねば。

芝川ビルで、そんな話をしながら赤レンガさんと飲んだのだ。
気付けば、集合時間、懐中時計の店を覗くことは諦め、慌てて淀屋橋駅に移動する。結局、10分ほど遅れてしまった。
居心地の良いBarが悪いのである。
淀屋橋駅北側改札。
デカイ九条DXがいる。
痩身長躯の筆ペンさんがいる。彼の横には美しい女性がいる。ほらな。

筆ペンさんが近づいてくる。
「あのですね・・・・」
なにか言っていたが、忘れてしまった。
どこかの会合か仕事で知り合った女性を、路地裏荒縄会に参加しませんかと
連れてきたわけだ。東京からこちらに転勤してきている女性だという。
上等ではないか、東京人に大阪を教えたいと思っていたところである。

スタイルはいいし、アカ抜けているし・・・そういえば、時々登場するマルイチさんも、こういうカッコ良さがある。面食いだな、筆ペンさんは。
大阪の建築物に最も詳しいペーパーさんは、連絡なしの遅刻。いつものことだ。嗅覚で追いついてくる。

地下から地上に上がる。
とりあえず、東に向かう。大阪は、海側に日が沈む。その反対側を見ると大阪市内のどこからでも生駒山が見える。山の見える側が東。日の沈む側が『悲しい色やね』の大阪港。実に分かりやすい街なのだ。
おまけに秀吉さんの作った町並みは、碁盤の目に組み立てられているので迷子になりにくい。

東に歩きつつ、東京人に、コテコテではない大阪を見せてやろうという意識がめらめらと盛り上がる。北浜がいい。大川沿いに、気の利いたテラスが並ぶ。まずはそこから案内しよう。
最近の北浜は、川沿いのテラスがカッコイイのだ。
下の写真の場所を目指す。


※北浜 『モトコーヒー』のテラス。
向こうに見えるのは中の島中央公会堂と大阪市役所。

これがまず最初の脱線。
そして、さらに大きく脱線していく。

筋書きのくるくる変はる水遊び  小池康生


                           (続く)

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