2012-07-15

和してまた風とならん 鳥居真里子

[追悼・今井杏太郎]
和してまた風とならん

鳥居真里子


ゆふかぜは扇の風を置いてゆく

「ある俳人がね、真里子さんの俳句はわからない。今井さんにはわかるかい、と言うんだ…」

杏太郎氏は穏やかに微笑みながら私に語りかける。氏とは以前、ある総合誌で競泳三十句をご一緒したことがあった。その大きな胸をお借りしての数ヶ月は、心の内に燻っていた冒険心をかきたてられ、氏の放つ言葉の不思議さに酔いしれた僥倖ともいえる貴重なものであった。

「好きか嫌いかは別として…、ボクにはわかるよ。そう返したんだ」

氏は涼しげにそう言って話を結んだ。「いや、僕も同じだよ」てっきりそう答えたとばかり思い込んでいた 私の予想は見事に外れてしまったのである。

風のような俳人──。思えば、氏に対してこのときほどその意識を強くしたことはなかったのである。
   
老人に楽あり春のゆふべあり

「老人は楽して俳句を作りなさい。芭蕉さんはそう言っていましたが、楽してって何だと思いますか」

あの日から一年、久しぶりの席で氏はいつものように飄々と私に話を向ける。言葉に詰まってもじもじしていると「では真里子さん、考えておいてください」そう言い残し、またしても風のようにその場から立ち去ってしまう杏太郎氏。

「楽」は「軽み」である。ではその「軽み」の先にいったい何があるというのだろう。「楽」と「軽み」が追いかけっこを繰り返し、頭のなかをクルクルと廻りはじめる。手にしたと思ってもすっと陽炎のように消えてしまう。逃すまいと思う気持ちだけが空回りするばかり。杏太郎俳句そのままのような問いに、私は情けないかな途方に暮れるより手だてがなかったのである。

「軽みとは、儚さなのではないのか」と思いついた。すなわち、〈淋しさに咳をしてみる〉―杏太郎― 

その答は句集『風の吹くころ』の帯文に示されていた。わずか五行の言葉は私の心臓をやわらかくつかんだまましばらく離さなかった。氏の作品に、はらはらと消えてゆく儚さや切なさをあれほど強く感じていたはずなのに、その境地には遠くおよばないことを思い知らされるのである。儚さが不思議に美しく懐かしく、私には「楽」や「軽み」と繋がっていかなかったのだろう。

みづうみの水がうごいてゐて春に
刺青の花のにほひの祭の夜
遠くへとゆく木の葉あり枯れながら
それからも嬬恋村に葛咲けり
咳をしてみる村の灯のとほい夜は
人の夜を離るる白い花火かな
湯ざめをしてもひとり夜は水のやう


ふと気がつくとさらさらと流れるように風が吹き、静かな白い時間だけが通り過ぎてゆく。氏の作品が夢のように淡く儚く舞い上がってくる。淋しさと連れだって。

風の俳人、杏太郎さん。つぎの会話は彼岸の席でお願いしますね。今度はどんな宿題を私に与えてくださるのでしょう。    

初蝶の眼は夢に似てしづかなり

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