2012-08-05

林田紀音夫全句集拾読 225 野口 裕


林田紀音夫
全句集拾読
225




野口 裕




山茶花に昼の日のわずかひとところ

昭和五十七年、未発表句。雲間の光が、山茶花を照らしている。その他はみな日陰にある。視線の出所となる作者もまた日陰にある。中七下五が紀音夫に特徴的な言い回し。昭和二、三十年代であれば、「わずかひとところ」が深い共感の根を張っただろうが、この頃にはわびしい髭根でしかないだろう。それを承知しながら書いている節がある。


灯に近く取残されて迷箸

昭和五十七年、未発表句。割り損じたうどんの箸の残響が読み取れる。スポットライトを浴びるべき灯に近いところが隅であるという逆接を読み取るべきなのだろう。

巻末の福田基の文中に、紀音夫の句を評して、「先生の作品は、はかない、切ない、暗い、傘、雨、死、病む、危うい、脆い、夜、日暮れ、夕暮れ、葬、死、幼女、ポプラ等々であり…」と語る場面があるが、箸はそれらと若干位相が異なる。生活に根ざした道具であることがそうした違いをもたらす。なお、福田氏の文中に死が二回出てくるが、そのまま転記した。

 

月光のひそかに過ぎる髪あわれ

昭和五十七年、未発表句。眼前の対象物に注ぐ視線がしっかりとしているから、自画像とは取りにくい。紀音夫が不眠症気味なことを考え合わせると、配偶者の寝姿を詠んだか。「密かに過ぎる」のは、直接には月光だが、髪の所有者が過ごしてきた人生の膨大な時間をも指す。

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