2012-08-12

朝の爽波 28 小川春休


小川春休






28


さて、今回は第二句集『湯呑』の第Ⅳ章(昭和52年から54年)から。今回鑑賞した句は53年の晩冬頃から秋にかけての句。年譜には「春、ベランダに鳩が巣籠もりしたのを楽しむ」というのどかな記述が見られます。5月、東京出張の折に俳句文学館を訪ね、草間時彦に案内してもらっています。その際、戦前の「ホトトギス」を懐かしく閲覧、自らの初入選句などにも再会。7月には、前登志夫の迢空賞受賞祝賀会に出席。

雪兎作つて溶けて如意ケ嶽  『湯呑』(以下同)

「如意ケ嶽は通称、大文字山」との註あり。爽波の住んだ地はいずれも積雪の少ない土地で、年に何度もない積雪は、珍しいもの、華やかなものとして句に現れるのが常。積もった雪も雪兎も溶けたが、大文字山には少し雪も残っていようか。雪の一日を堪能した風情の句だ。

煙草盆火を埋めて草芳しや

「草芳し」は、春になって萌え出た草が瑞々しく柔らかく、匂うばかりである様を言う。自宅で寛ぐ時には必ず和服であった爽波、庭草の見える縁側近くで煙草を喫っていたのだろうか。煙草盆に火を埋めた瞬間、煙草の匂いが薄れ、草の芳しさがはっと胸に迫るよう。

落ちてゐる明智の森の古巣かな


少し調べてみたところ、明智の森は岐阜県恵那市にあり、明智光秀が産湯を使った井戸も近くにあるようだ。シンプルな詠みぶりだが、地名の持つ時間的・空間的な広がりを援用して、ぽつんと森の土の上に落ちている、巣立った後の空の鳥の巣を浮彫りにしている。

洩るがまま溢るがままの桶日永

永続的に水が注がれる位置に置かれた桶か、上からは水が溢れ、下からは洩れ続け、桶の周りは水浸しとなっている。描写されているのはあくまで桶と水ばかりだが、上五中七の叙述と季語の持つ奥行きとが、一句にゆったりとした時間の経過を内包させている。

葭切の戸を押してくる見舞人

五月初め頃に飛来し、沼沢・河畔の蘆の繁茂する所に巣を作る葭切。「葭切の戸」とは、葭切の姿が見え、声が聞こえるような河畔も程近い場所にある戸とでも言えば良いか。わざわざこんな所まで尋ねて来てくれた見舞人への感謝の念を、言外に感じさせている。

柿の木のいつまで滴らす喜雨しづく


日照り続きで田は干からび、草木も萎れ切った時、ようやく降り出す恵みの雨を喜雨と呼ぶ。柿の木の青葉も、喜雨に生気を取り戻し、枝々の先から雨滴を存分に垂らしている。萎れかけていた葉も、その艶を取り戻したことだろう。そんな喜雨休みの一日。

箒草蝶の骸の沈みゐし

箒草は帚木の異称。高さは一メートル程、枝は細かく枝分かれし、その姿はこんもりと丸みを帯びる。上へと向かって伸びる隙間の多い茎と枝々の間には蝶の骸が。挟まっている、と言うのではなく、沈んでいる、と表現したところに、帚木のボリューム感が表れている。

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