2012-08-05

商店街放浪記53 『五月の大阪、船場町界隈を歩くはずが、編』Ⅱ 小池康生

商店街放浪記53 
五月の大阪、船場界隈を歩くはずが、編 Ⅱ

小池康生

淀屋橋駅から東に進んだのだ。
北浜あたりの洗練された町並みを見せ、それから船場を隈なく歩こうという作戦である。

赤れんがさん、筆ペンさん、九条DX、東京から転勤してきたばかりの、まだ仇名もない初参加の女性、そして私の5人。

地下鉄「淀屋橋」から地上に出る。
東京在住の読者には、特にこの「淀屋橋」という地名、駅名を覚えておいていただきたい。東京以外の方々にも覚えていただきたいのだが、特に大阪への偏見の多いように見受けられる東京人に覚えていただきたい。

大阪の学習をしよう。
放浪はそれからである。

大阪は大きく分けてキタとミナミのふたつの繁華街。
キタとは、鉄道会社により「大阪駅」とも「梅田駅」とも表示されるゾーンで、。JR大阪駅が大屋根をつける大改装をし、伊勢丹なども進出し、大層賑やかなことになっている。

ミナミとは、「難波駅」を中心にしたゾーンで、吉本興業の「なんばグランド花月」もある。グリコの広告でおなじみの道頓堀川、恵比寿橋も、このミナミにある。

キタとミナミを覚えれば、大阪の99%を覚えたようなものである。
嘘。70%。これも嘘。何パーセントかは分からないが、観光的視点で言えば、相当なパーセンテージを持つ繁華街であることは確か。

ただ、その中心的な繁華街を少し逸れたところに味わい深い町が存在するのだ。
まぁ、これは、日本全国皆そうかもしれないが。

東京には、キタやミナミに相当する街が幾つもある。これがトーキョーの凄みだ。ホントにそう思う。大阪贔屓、東京贔屓のわたしである。

もとい。
大阪の話である。
淀屋橋の話である。
淀屋橋は、先ほど書いた「梅田」から、御堂筋線で一駅南下したところにある。
この「淀屋橋」を東京の人たちに知って欲しいのだ。

駅から地上にあがると、橋下市長のいるすぐに大阪市役所が見えてくる。
その背後、東側に進むと、中之島図書館が見えてくる。大阪でも指おりの建築物である。絵の好きな人がいつも何人かスケッチしている。
「いつも」なんて大袈裟だなぁと思う人もいるかもしれないが、確かに少し大袈裟なのだ。そう言いたくなるほど、わたしはこの建物がお気に入りなのだ。

図書館の東隣には、中之島中央公会堂がある。図書館と対になるようなデザインである。ここにも常時、画家さんが最低10人はキャンバスをひろげていると大袈裟な嘘をついておこう。

公会堂の前に交差点があり、そこを斜めにわたると、東洋陶器美術館があり、建築物としては全然目立たず、森に隠れるようにあるのが渋い。図書館や公会堂と張り合わない、邪魔をしないというデザインではないかと勝手に解釈し、喜んでいる。この美術館には、国宝の油滴天目茶碗がある。コテコテ観光ばかりせず、こういうものも観て欲しい。

ここが大阪なのである。
吉本もいい。新世界もいい。しかし、それだけではないのだ。
大阪にはコテコテとは逆の「涼しい」部分があるのだ。
わたしは「コテコテとは逆の大阪布教活動」を個人的に行っているのだ。

中之島は、フランスのシテ島を真似て文化的香りをだしている。
シテ島に行ったこともなく、こういうことを書くのは大変こころ苦しいが、大阪の歴史を知る人なら、百人中百人が知る事実である。

「淀屋橋」と言う地名を忘れられなくなる話をしよう。

落語に「雁風呂」という演目がある。
俳人なら、今、「ホーッ!」と声を上げたことだろう。

「雁風呂」とは、俳句の季語でもある。
実に渋い季語なのだ。
青森の奥州外ヶ浜に、雁が帰ってくる。

雁は木片をくわえて帰ってくる。
海上で、この木片の上に乗り、長旅の羽を憩めるのだ。
秋に日本に着くと、この木片を海岸近くに落していく。
そして、春に、日本を旅発つとき、この木片を再び銜えるのだ。

しかし、幾つかの木片が残る。
それは日本に辿りついたものの、日本で命潰えた雁のものだ。

東北の人たちは、雁の供養として、この木片を拾い、風呂を焚く。
これが、季語「雁風呂」。
なんとも渋い。芝居のような季語である。

これが落語になっているのだ。
さて、どんな演目なのか。
わたしも知らなかったのだが、最近、林家染雀さん演じる「雁風呂」を聴いた。

落語の内容を説明するのは面倒くさいので省略。
いや、そうはいかない。そんなことをすると、ブーイングがきそうだ。

本当に面倒くさいが、説明する。
江戸時代の話。
大阪の豪商の末裔が、金の取立てのため、江戸に向かう。
その道中、茶屋で憩んでいたところ、二人のお供を従える老人と出会う。
その老人は、茶屋の屏風に首を傾げている。
著名な作家の手による屏風絵。
それが何故、松の枝に雁という図柄を描くのだと。
松には鶴。雁には月を描くのが普通。

そこへ相客が、老人に話しかける。
人品卑しからぬ大阪の町人。

その町人が、武家の老人に、屏風絵を説明する。
ここに描かれてるのは、「雁風呂」を下敷きにする絵柄だと教える。
帰る雁は、松の枝を銜えるところと説明し、老人を感動させるというお噺。

感心した老人は、水戸光圀であり、黄門様に屏風絵の絵解きをした上方者は、豪商淀屋辰五郎の末裔。大坂淀屋橋の商人で、分に過ぎた贅沢とのお咎めを受け、家財没収の大坂三郷お構いに相成りましたる淀屋の末裔なのだ。

この淀屋こそ、中之島にかかる橋、淀屋橋を寄付した人。
淀屋橋とは、大坂商人、淀屋が寄贈した橋の名前なのだ。

いかがだろう、これでもう東京の皆さんも「淀屋橋」を忘れないだろう。
雁風呂、水戸黄門、淀屋橋・・・どうだ、参ったか。
円生も演った根多なのだ。

落語「雁風呂」を聴きたいひとは、林家染雀さんをマークしましょう。
古典を演(や)る時は、端正。しかし、桂あやめさんと組み、「姉様キングス」として音曲ショーを演じるときは、新宿二丁目の化け物(失礼)のような怪演。
「姉様キングス」で検索し、動画を見てひっくり返るのも暑気払いになるかもしれない。わたしには、新宿二丁目でクリスマスイヴに「姉様キングス」を観たという過去がある。あー、忌まわしくも、面白かった。

また、話が逸れた。
逸れてばかりだが、「雁風呂」を聴きたいのなら、俳人がぐっすり金を持ち寄り、染雀さんに特別公演をお願いするのも手だ。受けてもらえるかどうか分からないが、話だけなら通せる。
俳人たるもの「雁風呂」も聴かず死ねぬだろう。

さぁ、ここまで、書いて息が切れてきた。
続きは次回に。
しかし、前回今回と二回続きで書きながら、一歩も放浪していないとはどういうことだ。早(は)よ、歩け。

 文面も道艸を食ふ避暑地かな   康生



                           (続く)

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