2012-09-30

池田澄子インタビュー2003 三宅やよい

池田澄子インタビュー2003

三宅やよい



【解題】週刊俳句への転載に際して

東京へ来てすぐのとき(もう十年経ってしまいましたが)池田さんの朗読の舞台を見にゆく機会に恵まれました。俳句の朗読ではなく、池田さんが長く続けておられる朗読教室(宝生あやこ主宰)十五周年記念公演でした。池田さんが朗読の名手であることは2000年東京で行われた船団「初夏の集い」で子規の『病牀六尺』を読まれた時に初めて知ったのですが、長く現代詩の朗読を続けられていたことはまったく知りませんでした。

照明の輝く舞台の上で、池田さんは気負いなく普段の池田さんでありながらも谷川俊太郎の、新川和江の世界を手渡す読み手になりきっていらっしゃいました。言葉の固さを感じさせることなく微妙なニュアンスを声で立ち上がらせてゆく池田さんの手腕は実に見事でした。

茶目っ気たっぷりに朗読された新川和江の「オーマイダーリン」。俳句同様、池田さんのみずみずしい感性に引き込まれてしまいました。

「静かな熱中」池田さんの朗読の印象にそんな言葉が浮かび上がります。池田さんはいつも沈着に自分を見つめ続けています。そんな醒めた自意識を持ちつつ言葉の世界に没入し全身で感受することができるのです。だからこそ人を魅了させることができるのでしょう。

聴く人の心に警戒心や反発を呼び起こさず詩の世界の魅力を増幅させて手渡す。そんな朗読ぶりは、自然な語り口でいつのまにか自分の作り出す世界に引き込んでしまう池田さんの俳句にも似て、つくづく俳句は人の在り方と結びついているのだなぁ。と実感しました。

日常の中でふっと行き過ぎてしまうような微妙な感覚を柔らかな言葉で表現する池田さんの俳句の魅力は多くの人が語るところです。

月刊「子規新報」第90号(平成15年2月発行)~94号(6月発行)で、私が拝見した朗読について、池田さんの俳句について電子メールでのやりとりを掲載しました。

句集『拝復』の書評を掲載するにあたって池田さんの俳句にこめられた「声」の要素を考えるうえで、このインタビューでのやりとりも一つのヒントになるのではと思い、書評と合わせての掲載を考えました。

 

三宅 朗読はいつから始められたのですか?

池田 朗読をやっていると言っても、気分転換のための遊びなんですよ。始めたばかりのつもりが、六、七年になってしまいました。でも、いつまで続けられるかも分からないです。発表会の間近に俳句関係の締め切りが重なったりするとタイヘンなんですよ。個人の舞台じゃないから。

三宅 おもに現代詩を朗読されているようですね。

池田 そうなんです。詩の朗読の教室です。 練習のために、ほんのたまには樋口一葉や宮沢賢治の「よだかの星」など読んだこともありますけど。
 
三宅 それまでも現代詩はいろいろ読んでおられたのですか?

池田 子供の時から好きでいろいろ読みましたが、系統だって勉強したとはとても言えませんね。朗読では、草野心平、金子光晴、宗左近の「炎える母」、八木重吉、北原白秋、茨木のり子、谷川俊太郎、新川和江をやりました

三宅 黙読するのと暗誦して朗読するのは違いますか?

池田 あー、それはぜんぜん違うことを、やってみて知りました。黙読はあくまでも他人の詩を知るという感じでしょ。暗誦して声に出す と、自分の言葉であるような錯覚を味わうことになります。

私たちの場合は、出演者は素人ですが、宝生あやこという情熱的かつ天才的な女優さんの構成と演出による舞台ですので、一人で読むのではなく、全員で一人の詩人の世界を立ち上がらせる、その詩人になってしまう…そんな感じになりますね。

三宅 いま、短歌でも、俳句でも朗読してゆく場が増えてきましたよね。そういうところではだいたい自分の作品を朗読するわけですが、池田さんの場合は自分の作品がありながらも他の作家の作品を朗読される。それはどうしてなんでしょう。

池田 私には俳句の朗読は難しく思えるんです。したことがないので分かりませんけど。それに、私の俳句は私にとっては今のところ、活字でよいのです。

それに、俳句だけに閉じこもっていないために、気分転換のために始めたことですし、一つの舞台を創ることを楽しんでいるだけなんです。それから、その宝生先生の舞台に賭ける情熱を肌で感じ、先生の女性として人間としてのパワーを感じる緊張感が、たのしく貴重なのです。

三宅 池田さんは「私の俳句は今のところ活字でよいのです」と言われましたけど、池田さんの句はふっと口をついて出てくる自然さが魅力です。

池田 そう思っていただけたら、とても嬉しいです。自分で言ってもしょうがないですが、それが私の目指しているところですから。でも本当は、自然に見えるように「作る」というのは難しいことだと、いつも思っています。

それから、活字うんぬんのことですが、私は、文字も好きなのね。耳で聞いて理解しやすく、記憶しやすいことの力を大切に思いながら、一方で文字の連なりの美しさも好きなんです。ですから、活字で読んでいただくことも捨て難いのです。

三宅 自然に見えるように「作る」のに厳しく言葉を吟味されていると思うのですが「声」は意識されてます?

池田 「声」というか、音調、調べには気を付けます。誰でもそうでしょうけどね。調べが悪いと読んで気持が悪いでしょ。作者・私も気持悪いのです。

声を出して読みはしないけれど、黙読にしろ心の中で何度でも呟いてみて、どこか気持がよくないときには、拘りますね。

ただ、故意に調べを壊すことで、躓くようにすることもありますよ。特に沢山の句を並べるときにはね。息継ぎに加えて深呼吸やお茶が欲しくなることもありますから。

それから、調べ以外にも、音の持っている雰囲気も手放したくないです。母音や子音の使い方とか、韻を踏む効果や、いろいろありますよね。たとえ黙読であっても、それは感じることができますから。

三宅 池田さんが俳句を始められたのは わりと遅かったのですね。私なんかは四十代近くに俳句を始めたころ、ああ、あと十年早く始めてたらとか、思ったのですが。そんなことってなかったです?

池田 四〇歳直前でしたから、随分遅いですね。 でも、そのことに余り後悔はしていないんです。その年齢の私が、俳句に惹かれたのですから。それまで俳句に無関心だったのは偶然ではなくて、私には必要がなかったからなのかもしれないとも思ったりします。
 ずいぶん楽天的ね、私。

三宅 池田さんの俳句ってつい真似したくなる自然さがあります。それでも決して他の人のものにはならない文体の強固さがあります。四十代から俳句を始める人達は多いですが、自分の文体をものにできる人は少ないです。俳句を書くうえで文体については 意識されてきましたか?

池田 文体、あるいは思い、感じ方、大きく言えば、作者の世界を獲得したいですよね。私にそれが出来ているとしたら嬉しいのですが、まだまだ半端です。名句は昔から沢山あるのですから、ただ上手なだけでは、無いと同じでしょ?

全面的に独特な俳句なんて、とても望めませんが、何かほんの一つでも、「作者は私」というものを作れたら嬉しいですよね。

そして、それは単に奇異なものというのではなくて、万人の思いに繋がるものでありたい。文体にしても、無理に独特なものを作るのではなくて、結局それは、作者の過去に出合ったいろいろなものが結果として立ち現われるのかもしれないし、息の吸い方や吐き方によるのかもしれない。そんなふうに思っています。

ただ無意識で居ては、偶然のように現れたそれらを取り逃がすでしょうから、立ち現れてくれたものを逃がさないという緊張が必要なんでしょうね。どちらにしろ、このことが一番手強いですね、お互いに。

三宅 「作者は私」というものと「万人の思いに繋がるもの」を俳句に表現するとは自分が独自でありながらも透明になって世界との接点を見つけることのようにも思えるのですが?

池田 「作者は私」というのは華々しく目立ったことを狙うという意味ではないのよ。仁平勝さんが『俳句のモダン』で、その辺を書いて下さってますね。そして、その一句が、私という個から発しながら、個を書くことによって人間というもの、あるいは人間を含めた生物の犇くこの世を描けたら嬉しいわ。

「私」の一句を書きたいということは「私」を書きたいというのと同じではないの。「私」は私にとって主題ではなく、命あるものの内の、細部としての具象の一つです。貴女の仰る「透明に…」は、そのことね

三宅 この間の朗読を見せていただいて、池田さんの身体や声を通して詩の言葉が立ち上がってゆくのと、池田さんの文体を通じて俳句の言葉が立ち上がってゆくのとが似ているように感じました。

池田 そんなこと言ってくださると、私泣くよ。言葉って不思議ね。普通の話し言葉でも、いわゆる死語でも、所を得るとまさに「立ち上がる」と感じますね。大袈裟になりますけど、それが言霊というものなのでしょうか。これが、なかなか現れてくれないのよね。

三宅 三橋敏雄さんとの出会いの中でご自分の俳句を磨かれていったわけですが、やはり俳句を鍛えていくのに先生は必要だと思われますか?

池田 三橋敏雄を師としたことで、私の俳句が出来たと思っています。ダメな時にダメと言って下さる人が居ることで、のびのびと冒険が出来たのでした。

例えば「じゃんけんで負けて蛍に生まれたの」の「の」とか、「ピーマン切って中を明るくしてあげた」とか「前ヘススメ前ヘススミテ還ラザル」などなど、先生のOKがないと怖くて迷ったでしょうね。俳句は短いので、秀句と駄句が紙一重なんですね。ある程度の良い俳句は、駄句とは遠いのです。

私はその紙一重のところに、新しい秀句の可能性が隠されているのではないかと思うのです。一字ですっかり変わってしまうのですから、ある時期、真摯に先生に鍛えられるということは決して無意味ではないと思いますよ。

それで先生の亜流に留まってはしょうがないけれど。ですけど先生を選ぶのが難しい。間違った教育ほど困るものはないですから。

なんて言うと、とても生意気に聞こえそうですけれど、生意気でなければ何も産めないかもしれないわね。

三宅 三橋敏雄さんとの出会いの中で一番 印象に残っていることは何でしょう?

池田 印象に残っていることは多すぎて一つに絞るのは大変ですけれど、先ず最初に「俳句は教わるものではなく、自己啓発あるのみ」と仰ったこと。前の話と矛盾しそうですが、本当ですね。そのことを胸に叩き込んだ上で学ぶことが大切なのではないかしらね。

これは、先人の残したものとは別の、自分の俳句に辿り着かなければ、ということなのだと受け止めています。

習うとは、一句を直していただくなどということではなくて、若し直していただいたなら、どこが違ったのかを考えることで、師を知ること。そして、いろいろな基本のところ、例えば「自己啓発あるのみ」を肝に銘じるとか、俳句の言葉の使い方の難しさを心から知る、といったようなことなのでしょう。三橋先生は、私がそう考えるように、接してくださっていたのだと思います。

(了)


三宅やよい:ロマンチックかつ現実的、少女のようでシビアな大人 池田澄子句集『拝復』

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