2012-09-09

【週俳8月の俳句を読む】時々思い出して 大井さち子

【週俳8月の俳句を読む】
時々思い出して

大井さち子


テレビつけ遺影と麦茶ひよいと移す  前北かおる

昨日から今日、今日から明日へと一本の流れがあるとしたら、人が亡くなればその場所に、その人は点として残される。流れの途中にその人を置き去りにして、日常は淡々と流れ続ける。
葬儀を終えて部屋にもどり、ああ疲れたといつものようにテレビをつける。見づらいからちょっとこっちに来ててね、と遺影と麦茶をひょいと移す。日常の中の作者と日常から切り離されて点となった人。亡くなった人はもうこの世にはいないはずなのに、なんだか妙に親しく気安い存在になっている。自分の範疇の人、もっと言えば自分のものになった感じ。亡くなることで逆に魂が寄り添う。時々思い出してあげることが、生きている者の勤めなのかもしれない。


夏柳船頭絶えず喋りけり  松本てふこ

いるいるこういう人。人が良さそうだから静かにしてとは言えないけれど、ちょっと・・・もうちょっとなんとか・・・とお願いしたくなるような人。そんな心の動きもすべて浄化するかのように、夏柳の緑が美しい。

 *

しかしこの題の「帰社セズ」には惚れました。会社員の永遠の憧れです。そして何枚か写真が添付されていましたが、石造りの建物に添う立葵、見直しました。日本の風景の中の立葵はどちらかというと小澤實さんの「貧乏に匂ひありけり立葵」的だと思っていたのですが、ロンドンの風景の中では全く違う顔を見せてくれました。この頃は家の駐車場の隅に咲く立葵、外国人(?)に見えます。



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福田若之 さよなら、二十世紀。さよなら。 30句
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