2012-09-02

人間らしさ 広渡敬雄句集『遠賀川』の一句 村越 敦

人間らしさ
広渡敬雄句集『遠賀川』の一句

村越 敦


酒の息入れて風船子に渡す  広渡敬雄


風が心地よい春の夜、少しばかり飲み過ぎてしまったのだろうか、赤ら顔になって家に帰ってみると子供が眠い目をこすりながらまだ待っていた。早く眠りたいところだっただろう、それでもお父さんのお土産を期待したのか健気に待っていた子供は、どこからか色とりどりの風船(紙風船と読んだほうがよいか)を持ってきて、酔っぱらいの父親に渡す。作者はそれをひょいと受け取ると、かるがると膨らませ、子供に返す。描かれているのは、こんな景色だろう。

子供の持ってきた風船に息を入れてあげた、だけであればありふれた内容かもしれない。しかし、その息が酒臭いことで、一気に親としての実感が伴う。なかなか仕事が忙しく、最愛の子供にかまってあげられない父のもどかしさ。切なさ。
そんな中、風船をきっかけとしてはからずも生まれた親子の時間をさりげなく、しかしたしかな形で描写することで、父親の子供へのとどまるところを知らない愛を、ささやかな幸福感を、読者に印象づける。風船という季語から導かれる、春の夜の心地よいあのなめらかな空気感もこの俳句に通底する家族愛を引き立てるのに、十二分な効果を上げている。



全体を通して、この作者はそうした「落としどころ」をあからさまでない形で提示することに長けているのだと感じた。
そしてそれは、仕事や家族というきわめて「生活色」の強いテーマにおけるさまざまな場面を切り取る上で、たいへんうまくはたらいている。


残業の一人となりて灯をふやす

単身赴任雨水の暦めくりけり

秋の山わかる齢となりにけり

鎌鼬妻のいぢわるかもしれぬ


もちろん、そのほかの作品にも、好きなものはたくさんあるので、挙げておく。


運動会白線引き過ぎて芝生

幕引の踝見えて里神楽


望遠鏡離さず鳰と答へけり

雁過ぎてにはかに変る門司の潮

密猟に毟られし毛の漂へり


掲句は句集『遠賀川』(1999年9月25日/ふらんす堂)より。

敬雄さん、角川俳句賞受賞、おめでとうございます。


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