2012-11-18

【週俳10月の俳句を読む】田中英花

【週俳10月の俳句を読む】
空想をひろげて

田中英花



鵙晴や何はともあれ橋渡る  草深昌子

何か気にかかることがあるのかも知れない。橋を渡ることを少しためらっている作者、渡ってみなければと思うもう一人の作者。言葉通り、「なにはともあれ」なのだろう。

鵙晴れの空だけに、橋を渡らんとする姿も、その心のうちも見えてくるような気がする。

平らなるところなかりし花野かな  同

最初、雨のあとなどに多くの人が踏んで、でこぼことした花野、そんな花野かと思ったが、それでは花野の全容が見えてこない。

実際に平らなところなどのない地にある花野なのだろう。

とても大きな花野の全体が見えてくる。

花野を満喫したあとのちょっとした寂しさみたいなものも思われる。



大みみづ姫路に美しき夜の来たり  西原天気

この地姫路に近く住む私にとって見逃すことの出来ない一句である。この蚯蚓は眼前にいるのだろうか? 或いは、何かの象徴としての大蚯蚓なのだろうか? そこは分からないが、昔なつかしい記憶の中の姫路だろうと思われる。

姫路から大手前通りを通るバスに乗ると、バスの窓から数分の姫路城を楽しむことができる。バスの窓の高さがちょうどいい。別名を白鷺城といわれるだけあって、そこだけが空に浮かんでいるかに思われる。その姿の見える夕暮れがこの句に重なる。この大蚯蚓は、秋に入っての蚯蚓鳴くに近いのかも知れないと思ったりすると、もっと空想が広がる。

再来年のNHKの大河ドラマは黒田官兵衛に決まった。その時には、三年がかりで大改修がされている姫路城が姿を現す。一句から全く個人的に空想をひろげているが、この大蚯蚓は黒田官兵衛だったりはしないだろうか。


また蚊柱にからまれてゐる野口  同

一瞬のうちに句の中の野口さんを想像してしまった。「野口さん」というより「野口君」と呼びたい人物。野口君は人を疑うことなど出来ないような真っ正直な人なのだろう。誰かに何を言われても、真剣に考えて、答えを出そうとするため、ときどきからかわれたりもするのかも知れない。

夏の夕方、ちょっと困ったような野口君が見える。

どんな名前でもいい訳ではない。この野口という字面は蚊柱ととてもうまく合っている。


いろいろとありましてまた夜明けの蚊
  同

夜のうちに何があったというのだろうか。長い人生のうちの悩めるどんないろいろがあったというのだろうか。どちらともとれる夜明け。いつもの我に戻るのに、蚊はいいなあ。


第285号 2012年10月7日
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