2012-11-11

林田紀音夫全句集拾読 239 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
239

野口 裕





仰ぐとき雲に遅足の桜の実

桜の実空にとどめて昏れかかる

手のとどくところの紅の桜の実


昭和六十年、未発表句。昭和五十年代から、毎年さくらの句を作る紀音夫だが、桜の実を句材にするのは珍しい。第一句集『風蝕』に、「狛犬にそびらの虚空のぞかるる」があるが、眼前の物の背後にある空に着目する一、二句目は構図が似ている。それを修正したかのような三句目は、分かりやすくなっているが、魅力も減じている。動作ではなく、視線にこだわるときに、紀音夫らしさが発揮されるということか。

 

風の巷を行き一片の雲に似る

風の巷の人差指は誰のもの


昭和六十年、未発表句。「風の巷」で作った二句。完成に近いのは後者だが、川柳に接近しすぎていると紀音夫は判断したか。柳俳一如とも言える今日から見れば、発表してもよかったのでは、と思える。

 

ビヤガーデン夜の雲遥か逃しつつ

昭和六十年、未発表句。都会の照り返しを受けて灰白色の夜の雲を眺める。ビールのピッチはあまり進んでいないようだ。


鬼灯の朱にしばらくのたちくらみ


昭和六十年、未発表句。もちろん、鬼灯とたちくらみの間に因果関係はない。たちくらんだときに見た鬼灯の鮮やかな朱色が目にとまったのだろう。こう書くことで、鬼灯が印象的に浮かび上がってくる。季語を活かすという意味で、紀音夫の中の有季定型作家が書かしめた句。

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