2012-11-25

林田紀音夫全句集拾読 241 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
241

野口 裕





雨落ちて池のおもてを傷つける

昭和六十年、未発表句。池に雨という、ごくありきたりの素材でよく無季にできたものだと感心する。ただし、容易に有季に作り替えることができて、作り替えた句との比較では、損をする。そのような観点からの未発表だろう。

 

年の瀬の夜空いよいよ広くなる

昭和六十年、未発表句。世相に対する観察眼の効いた句。あわただしく時が流れる人界から超然と離れて、夜空が広がって行く。

 

地球儀の無残な青を共にする

昭和六十年、未発表句。以前に、「地球儀にない故里をまた探す」(昭和五十七年未発表句)を取り上げたことがあったが、今回の地球儀は儀を取り払い、「地球」としても通じる内容だが、紀音夫の流儀ではそう書けないし、書かないだろう。少し壊れかけて、なめらかに回転できない古びた地球儀が想像される。

 

絵馬は夜に沈む静かな刻流れ

昭和六十一年、未発表句。図柄のわからなくなった絵馬の、五角形の輪郭だけが白く浮かび上がっている。時間だけが流れて行く。

「静かな」に心境の変化を感じる。紀音夫の場合、「さびしい」、「悲しい」、「むなしい」、「はかない」などが、こうしたときによく出てくる言い回しである。ここでは常套を避けて、先行する「沈む」に悲観的な表情を託したところもあるが、一見無表情な「静かな」は、あまり出てこない。

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