2012-11-11

朝の爽波 41 小川春休



小川春休





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さて、今回は第三句集『骰子』の「昭和五十五年」から「昭和五十六年」に入ります。今回鑑賞した句は、昭和55年から56年にかけての冬の句。55年12月の忘年句会は嵐山にて。〈温もらむ楓琴亭の煤の湯に〉はその折の句でしょうか。「青」は56年1月号から編集スタッフから編集長だった島田牙城さんが抜け、田中裕明・上田青蛙の二人体制となっています。若手体制で勢いに乗っていたかと思ったら、ちょっと雲行きが怪しくなってきました…。

爐埃を払ふに瀧の細く落ち
  『骰子』(以下同)

炉といえば茶道の炉のことを指すものだったが、今では囲炉裏のことをも指すようになった。細く落ちる瀧は、景であると同時に音でもある。助詞「に」による繋がりが二つの事柄を絡ませ合い、綺麗になってゆく炉辺と細瀧の音とに、心も自然と静まってゆくような。

鮠の子のかたまりが濃し年の暮

鮠はアブラハヤ・ウグイ・タモロコ・モツゴなどの細長く流線形をした小魚のこと。川でよく目にする魚だ。冬の力無い日差しの中に、まだ幼い鮠が、群を成して浅瀬を往き来するのが見えてくる。気忙しい師走のほんの一瞬、鮠たちの動きに目と心を遊ばせる。

温もらむ楓琴亭の煤の湯に

「嵐山」と前書のある句。煤払いは、新年を迎えるために年末に家屋・調度の塵埃を掃き清める風習だが、その日に入る風呂を煤湯と言う。嵐山の旅館であった楓琴亭(ふうきんてい)、今はもう無いようだが、豪華な風呂を備えていたか。句にも気の弾みが出ている。

次の句から「昭和五十六年」、きっちり正月の句から始まっております。

福笑鉄橋斜め前方に

福笑は正月を祝う遊戯の一つ。目隠しをした者に、お多福の輪郭だけを描いた台紙の上に目鼻口などのパーツを置かせ、顔の仕上りの珍妙さを笑い合う。目隠しをしていると、手元の細々としたものは曖昧に、遠くの山や川や鉄橋などばかりが確かなものに感じられてくる。

殊に濃き湖の茜や注連貰
注連貰(しめもらい)は、門松を取り外し注連飾りを下ろす日に、子供らがそれを貰い集めて歩くこと。それを左義長で燃やす。夏ならいざ知らず、この時期に濃い夕日が見られるのは珍しい。この子らも、いつしかこの注連貰の日の印象的な夕日を思い出すだろうか。

凧天にあるまま石に煤降るまま

女児の羽子つきと並び、正月の代表的な男児の遊戯である凧。高く揚げるには助走が必要であるため、広々とした場所で行う。掲句では石に煤が降っているが、河原で焚火でもした後であろうか。高みに揚がった凧が、違う時間の流れの中にあるかのように漂う。

探梅へ黒子も雀斑の人も

春にならぬ内から早梅を探って山野を歩き回る探梅。端的に探梅の参加者の特徴を述べる調子の良さもさることながら、黒子も雀斑(そばかす)も、それぞれの人の年輪を感じさせる。その化粧っ気のなさが、この探梅の一行の気の置けない様子をも窺わせてくれている。

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