2012-12-16

「洛外沸騰」な時間 高勢祥子

「洛外沸騰」な時間

第23回現代俳句協会青年部シンポジウム「洛外沸騰」レポート


高勢祥子



紅葉のピークには少し早かった十一月十七日、第23回現代俳句協会青年部シンポジウム「洛外沸騰 今、伝えたい俳句 残したい俳句」に出席してきた。

新幹線で向かった京都は朝からしだいに雨、知恩院につく頃にはどしゃぶりになっていた。早々に山門前の和順会館に入る。百人以上入りそうなホールは、開会の二時にはほぼ満席だった。

受付で厚い資料とリーフレットをもらったので、どんな内容なのかと読みながら始まりを待つ。伝えたい句とは同時代的に伝播させたい句、水平的関係性。残したい句とは後世にも知らせたい句、言わば垂直的に、ということらしい。そんなことを考えていたら自分は俳句つくれないけど…とテーマの大きさにちょっと萎縮する。



まず青木亮人氏の基調講演から。

「何を傑作と見なすか、どの作品を後世に残したいと願うかは評者の審美観や俳句史観によって異なる」、「どの句を選び、どの句を選ばないかは評者の俳句観が問われる営為」である、との前段階から過去現在の例をいくつか紹介された。

虚子編「ホトトギス」、高柳重信編「俳句研究」、角川「俳句」、spica等々に掲載されている記事、作者を取り上げて、それらが意図的に選ばれて同時に選ばれていないということを指摘される。ふむふむと思う。

その後はディスカッションの時間に。
司会の三木基史氏が質問を投げかけ、パネリスト各氏(青木亮人/岡田由季/松本てふこ/彌榮浩樹)がそれに答えるという形で進行する。

質問は…

・自己紹介。
・どうして俳句を続けているのか。
・主宰との関係は。また師弟関係をどう捉えているか。
・誰に向かって俳句を作っているのか。
・時事句、震災句を作っているか、またそれを発表しているか。
・どの程度読者を意識しているか。

各質問に対して岡田さん、松本さん、彌榮さんが各々俳句作者として自分のスタンスを述べていき、それに青木さんが読み手、研究者の立場でコメントを入れていく。

この辺はそれぞれにそれぞれなんですねという印象だったのだけど、主宰との関係云々の話題の中であった、主宰や結社メンバーの存在を後々に残す機能として結社はあってよいという指摘は新鮮だった。

また、どの程度読者を意識するかの質問で、意識しないという答えが多かった(身近な人を想定はする方はいても、大衆性を考えるという方はいなかった..はず)が、残す伝えるべきという前提があるときに、意識しないで終わってしまうことが可能なのか、もう少し聞いてみたかった。

急ぎ足だったせいか少し話しの流れが見えにくくもあったが、各質問で考えるポイントが明確になってきたので、それをどう関連付けるかは各自持ち帰ってということなのだろう。

最後は資料から、各パネリストへのアンケートを元にしたトーク。

・俳句に興味が無い若者世代に(例えば大島優子)どんな句を伝えますか?

初夢のなかをどんなに走つたやら 飯島晴子 (松本さん回答)

・芭蕉にどんな句を伝えますか?

じぶんの句を「平成二十四年には、こんなふうになってますけど」とかいって見せます (彌榮さん回答)

・子規にどんな句を伝えますか? 

かき氷この世の用のすぐ終る 西原天気 (岡田さん回答)

などなど。

そんな句思いつかないなあとか、おお確かに合っているとか楽しみながら聞く。


関西での開催は何年ぶりかということらしく、力の入り方の伝わるシンポジウムだった。

私は京都で遊ぶをメインにお気楽に参加してしまったのでメモもぐだぐだ、記憶も朧に。

でも何か、真剣な言葉が通り過ぎたことだけは確かに残った。

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ペイズリー柄を見てゐる湯冷めかな 岡田由季
会社やめたしやめたしやめたし落花飛花 松本てふこ
小川から親子でてくる柳かな 彌榮浩樹
彗星がひとまわりして羽化の蝉 三木基史
      (資料:パネリスト・司会者の作品から)
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