2012-12-30

林田紀音夫全句集拾読 246 野口 裕


林田紀音夫
全句集拾読
246

野口 裕





自転車を押し落日へ消えてゆく

昭和六十一年、未発表句。歩くにも杖が必要そうなことをしょっちゅう書いているので、たまたま見かけた光景からの発想か。師であった下村槐太に、「河べりに自転車の空北斎忌」。

 

音の枯葉いつか明るい午後がきて

昭和六十一年、未発表句。陽気とまでは行かないが、いつもよりは句の表情が明るい。「音の枯葉」は、枯葉の音であると同時に、音が枯れてきた、記憶していた音が遠のいていったことをも表しているようだ。枯葉踏む音の中で反芻してきた過去が薄れてきたか。

 

銀杏落葉を遠のくひとの狐雨

昭和六十一年、未発表句。遠景のひとの正体が狐であったかのような印象を植えつけてくれる。理に勝ちすぎていると判定する人もいようが、銀杏降る中の光と雨の交錯はそれを越えて鮮明である。


日のぬくみ捉え枯葉を走らせる

昭和六十一年、未発表句。作者の念力で、枯葉を日溜まりへと誘い込んだように読めるのが面白い。別にそのような念力を働かせる理由もなさそうだが。

 

川波にけむりのごとく冬が来る

昭和六十一年、未発表句。紀音夫の一方の師であった日野草城に、「ところてん煙のごとく沈みをり」がある。冬の川波を眺め入っているときに、ふと先師の句を思い出した、というような作句工房が想像される。佳句だが、紀音夫を待たずとも作れそう。そんな句を寝かしておくのも彼の流儀ではある。

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