2013-01-13

【週俳12月の俳句を読む】岡村知昭

【週俳12月の俳句を読む】 
ここはどこかと

岡村知昭



まずは、部屋の中を見回してみましょう。

夕方の部屋夕方の電気ストーブ    上田信治

いつものように夕方が訪れ、電気ストーブは部屋中に熱を振りまいています。ただそれだけの、いつもは意識なんか到底していないような瞬間のはずなのに、いきなり「夕方の電気ストーブ」そのものが目の前に突き付けられたかのような、はっきりとした物象としての感触をもって立ち現われてきた今この瞬間。見つめるしかない自分にとっては大きな驚きであり、あまつさえ恐ろしさをも感じずにはいられないのではないか、とまでは大げさかもしれませんが、いつもの部屋を見つめるまなざしが、いつもとはすっかり異なっているのは間違いありません。あくせく動き回って用事を片付けて、ふと空いた一瞬の間に電気ストーブは飛び込んできたのです。自分でも気が付かなかった放心の瞬間「逢魔が時」でなければ見えないものがあり、わからないことはあるのです。

それでは部屋の外に出ていきましょうか、と思うのですが。

玄関のドア少し開けては閉めるニートです     藤井雪兎

外に出ようか出るまいか、ためらいがちになるのは誰でも同じ。この人はあまり外に出るようなことがなさそうなので、玄関のドアを開けて外の空気とともに自分への敵意やら何やらが一緒に入ってきそうに感じたとしても無理はありません。これまでの人生でどれだけ他人の言動にまなざしに態度に苦しめられてきたかを、この人は一瞬のうちに思い返してしまうのです。もちろん親切な他人というのもいるのはわかってはいるのですが、その親切さゆえにこの人の苦しみに対して「思い切って外に出ないとはじまらない」「自分が変わらないとはじまらない」みたいな言葉をかけたりする。この人だってなんとかしたいんです、でも応えられない自分が許せなくて、「ニートです」などと自嘲してしまって、そんな自分がますます許せなくなるという繰り返し。もう何度ドアを開け閉めしてるんだろうと思う自分を何とか笑おうとしながら、この人は苦笑いどころか、すぐにでも号泣しそうな表情になっています。

それにしても、街は賑やかですね。

なかんづくあかひげ薬局の聖樹       山崎志夏生

「あかひげ薬局」は精力剤を専門に取り扱う薬局で全国に11店舗。クリスマス直前ともなりますと、どこの店もクリスマスツリーやらイルミネーションやらを飾ったり、店員さんがサンタクロース風の格好をしたりしていますが、「あかひげ薬局」さんもご多分に漏れず、店先にクリスマスツリーを飾って、BGMもクリスマスソングなど流したりなどして、クリスマス気分の盛り上げに一役買っているわけです。けれど「あかひげ薬局」は精力剤の店。クリスマスの夜をふたりで過ごすためにいつもより効き目の違う精力剤を、と品定めする客の姿からは、この国でクリスマスがどんな風に取り扱われているのかを教えてくれているかのようです。「あかひげ薬局」はもちろん、クリスマスの夜も営業しております。

精力剤も歌も溢れて、ここは東京。

蛇穴に入り東京に不発弾          山崎祐子

先の大戦で東京に落とされた爆弾の数ときたら、いったいどれほどのものだったのでしょうか。ときおり都心での不発弾発見がニュースになり、不発弾処理の当日は万が一に備えて周辺何キロかは住民が避難し、鉄道も全線運休。何十年もの眠りから覚めて「不発弾」として蘇ったのは、爆弾そのものもさることながら遠く消え去ったはずの戦争の記憶。今このときにも、東京の地下のどこかで、先の大戦で東京に落とされた爆弾が「不発弾」となって眠りについているかと思うと、ため息をつくしかないというものでしょうか。処理班の活躍によって無事に運び出された不発弾のあったところには、ぽっかりと大きな穴がひろがり、それとばかりに蛇たちが押し寄せてきています。だけど蛇たちですら、東京のどこに不発弾が眠っているのかに気づいてはいないでしょう。もしかしたら蛇穴の隣に不発弾。

東京から遠く離れて、戦火はなおも。

枯草のカラシニコフを組み立てる      上野葉月

「カラシニコフ」とはロシア製の自動小銃。耐久性の良さと操作の簡便さによって世界中の戦場で使われ、今もなお生産と使用のスクラップアンドビルドが続いています。「パンがなければケーキを食べれば」など今は昔、現代のマリー・アントワネットは「パンはないけどカラシニコフをあげるわ」と戦争のまっただなかにあって苦しみあえぐ人々に、廉価の自動小銃を提供して悦に浸っているのです。枯草なびく戦場となるといったいどこの国のことだろうか、などとよそ事で考えているうちに、自分自身がカラシニコフの組み立てに懸命になっている、というのも決して想像の産物ではないのです。現にどこかの国のどこかの枯草なびく戦場で、カラシニコフを組み立てて、少しの微笑みを浮かべる兵士は次の瞬間、銃口を敵へ向けているのです。

「グローバリゼーション」など言わずとも、世界は私と繋がりたがります。

竹の秋カラカラ浴場まで素通し       竹中宏

ローマのカラカラ浴場まで何の妨げもないままに見通せるなんて、まったく「素通し」にもほどがあります。ただいまローマの男たちの裸身までもすっかり目の当りにしております。いま立っているここはどういう場所かというと、「素通し」なのですから、建物はもちろん草木も山も海も何ひとつなく、ただ風が吹きすさぶ荒野。だけど自分自身はなぜ無防備なままで「素通し」の空間に立ち尽くしています。すでにカラカラ浴場のローマ人たちは、「素通し」の空間を通じてカラカラ浴場から荒野に立つ自分を品定めしているはずなのであります、あの男は脱いだら間違いなく貧相な体だな、などと。そして自分とローマ人との間にコミュニケーションは成立していません。ただ互いに相手を見定めているだけです。いかなる技術もネットワークも、この時「素通し」の前では無力をさらけ出すしかないのです。がらんどう極まる「素通し」の空間を、どこから生まれたのかわからない風が吹き渡ってやみません。

それでは、そろそろ部屋に戻りましょうか。


第293号 2012年12月2日
戸松九里 昨日今日明日 8句 ≫読む
山崎祐子 追伸 10句 ≫読む
藤井雪兎 十年前 10句 ≫読む
第294号 2012年12月9日
竹中宏 曆注 10句 ≫読む
第295号 2012年12月16日
山崎志夏生 歌舞伎町 10句 ≫読む
平井岳人 つめたき耳 10句 ≫読む
第296号 2012年12月23日
上野葉月 オペレーション 10句 ≫読む
第297号 2012年12月30日
上田信治 眠い 10句 ≫読む

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