2013-01-20

第210号~第219号より 鴇田智哉さんのオススメ記事

第210号~第219号より
鴇田智哉さんのオススメ記事



「週刊俳句」第210号は、まだ3・11からふた月も経っていない。

第210号、関悦史「被災と俳句」では、3・11直後の13日から早くもネット上に震災俳句・震災短歌の募集という動きがあったことを伝えている。今読み返すと、当時、自分もその募集サイトを見つけて複雑な気持ちになったのをなまなましく思い出す。

この「被災と俳句」では、「励ます」とは何か、という問題に対する筆者の考えが、角川『俳句』2011年5月号の震災俳句特集「励ましの一句」などに触れながら記されている。

角川『俳句』のその特集については、第211号、上田信治「心からお見舞い」、第213号、五十嵐秀彦「それは本当にあなたの言葉なんですか」でも触れられている。

二つの記事から立ちあがってくるのは、災害に際して「励ます」とはそもそもどういうことなのか、また、「被災者を励まそう」というスローガンを一方的に与えられた個人(この場合は、個々の俳人)はどうするのか、という問題である。

「励ます人/励まされる人」という構造は、きわめて短絡的な認識である。『俳句』のあの特集で原稿依頼を受けた者は、気の毒にも編集部によって「励ます人」に分類されたのである。

当時私は、『俳句』「励ましの一句」の依頼を断った。つまり逃げた。

二年後の今もまだ、震災と俳句の関係を語ることを逃げ続けている。

そこにはいつもすっきりしない後ろめたさが伴っている。

このたび改めてこれらの記事を読むことで、その後ろめたさがまた私の中に強く呼び出されている。

五十嵐秀彦氏の記事では、『文學界』6月号に掲載された辺見庸の長編詩「眼の海 わたしの死者たちに」に触れている。

この作品は、私にとっては震災にかかわる文学作品として、最も心に刺さるものであった。


ところで、ほっとするというか、みずみずしい気持ちにさせてくれる栄養補給剤のような記事がある。

第218号、西原天気「その他もろもろ毛呂篤

  つぎからつぎから白いビルから鯛とびだす  毛呂篤

  あいつと夫婦(めおと)になるぞらっきょう畑全開  同

ハマる人には、たまらなくハマる句群だろう。
天気氏のツッコミ(?)も絶妙で上品。心が穏やかになる。
元気がなくなったら、またこのページを開きたいと思う。

第210号~第219号

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