2013-01-13

林田紀音夫全句集拾読 248 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
248

野口 裕





現れて山茶花を見る昼の月

昭和六十一年、未発表句。「現れる」のが誰かという疑問点の生じる句。おそらく、山茶花を見るのは、昼の月となるだろう。そこに仮託された作家の心の動きを推察する鍵が、「現れて」にある。

紀音夫はかつて、「隅占めてうどんの箸を割り損ず」という句を作った。目立ちたくない、隠れたいという性向を常に秘めている作家である。代表作の「鉛筆の遺書ならば忘れ易からむ」にも、そうした心の動きを読み取ることができる。

ところが、そうした性向に反して彼は「現れて」しまった。いまや、身を隠すことのできぬ天空にあるが、返って目立たぬ昼の月であることがささやかな幸いであろうか。幾ばくかの花びらを散り敷いている山茶花はかつての彼の過去を象徴しているかのようである。

 

鉄階に脚透く昨日より寒く

昭和六十一年、未発表句。一読したときには、外階段を上っている人の脚かと思ったが、階段を支える鉄柱の根元あたりを脚と読んだ方が句の雰囲気には合っている。

出来てしまったので書き留めはしたが、推敲や、まして発表など考えられない。そのまま句帳に眠らせよう。そんな雰囲気が「昨日より寒」いとしたところにあり、返って面白く感じる。

 

製鋼の煙が消えて雪降らす

昭和六十二年、未発表句。製鋼所の煙突から出ている煙が目立たないほどに雪が激しく降っている、というぐらいの句意。この頃、紀音夫はすでに定年を迎えているが、嘱託で職場とのつながりはまだあったか。労働の現場に取材した句も年々少なくなる。

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