2013-01-20

林田紀音夫全句集拾読 249 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
249

野口 裕





人界へ降り雪片の殺気立つ

昭和六十二年、未発表句。紀音夫の句はペシミズムと言われるが、シニシズムとは遠いところにある。この句は珍しく皮肉っぽく、しかし言い得て妙である。あるいは自嘲か。

 

人声を残して昏れる寒椿

昭和六十二年、未発表句。梅・桜・竹等々、紀音夫の常用する植物多々あれど寒椿は珍しい。初出ではないか。定年後、句会・吟行にいそしむ姿が垣間見える。

 

梅折って足跡のないひるさがり

昭和六十二年、未発表句。常識的には鳥の仕業だろう。だが、枝を折りつつ白昼に消えてしまった魂魄を想起させるところはある。

「しおり」という言葉は、山道に迷わないよう木の枝を折って道しるべにすることに由来する。それを踏まえての演出を試みたか。読者により好悪は分かれるだろう。

 

枕木日に日に消えていぬふぐり

犬釘のあたりを流れ日々の錆


昭和六十二年、未発表句。前項、「梅折って足跡のないひるさがり」と書いたが、「梅折って足あとのないひるさがり」と表記されている。訂正しておく。

掲出二句は、枕木に関する句。この頃、木製からコンクリート製へと枕木が置き換わりつつあった。犬釘は、枕木を固定している釘のこと。吹田操車場を取材した往事を思い浮かべたか。

 

遠い寺塔に眼鏡をたたむ春の暮

昭和六十二年、未発表句。活字を読むために老眼鏡をかけて手元を見ていたのが、ついさっきまでのことだろうか。少々目も疲れてきたので、眼鏡をたたみ遠くの寺をぼんやりと眺める。春の暮の茫漠とした空気感がよく出ている。

しかし、この句の「遠い」に、上句が七音の変則であるにせよ、今までの句にあったような追憶を重ねるのは難しくなっている。春の暮はすんなりと春の暮で、過去にとらわれての悲しみは読み取りにくい。紀音夫特有のペシミズムが薄れゆく途上と取るべきか。

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