2013-02-10

【週俳1月の俳句を読む】新延拳


【週俳1月の俳句を読む】 
もう千年も

新延 拳



世界史をねむらせ雌雄の鷹めぐる   宇井十間

リルケの時祷詩集の第一部「僧院生活の書」のという詩に、「物の上にひろがって大きくなる/輪のような生を私は生きている。/おそらく最後の輪を完成することはないだろう。/しかし私は試みようと思っている。/私は神のまわりを、太古の塔のまわりを廻っている。/そしてもう千年も廻っている。/しかも私はまだ知らないのだ、自分が一羽の鷹であるか、一つの嵐であるか、/それとも一つの大きな歌であるかを。」という一節がある。ヘーゲル流の「理性が世界を支配し,したがって世界の歴史も理性的に進行する」という直線状に進んでゆく歴史観とは別の、いわば輪廻のような歴史観、時間概念をリルケは持っていたのであろうか。掲句もリルケの当該詩を彷彿とさせる。
眠りの中の鷹であるから、まさに正月に相応しいめでたい鷹であるとも読める。しかし、宇井氏は季語としての鷹はあまり意識していない、というだろうか。なにしろ従来の俳句や季題趣味の俳句の否定が彼の真骨頂であるから。しかし、ここは新年詠。ゆったりとした気持ちが味わえればよい、ではご不満でしょうね。なにしろ気宇壮大な世界史なので。


初夢の一筆書きのやうなもの   津川絵里子

初夢といえども夢は夢。漠としたものであるのが普通。目が覚めてからだんだんと解釈され、脚色されていくのだろう。そのあたりの機微を、一筆書きということばでうまく現わした。


雪達磨みんな男で融けており   鳴戸奈々

雪達磨というと、

  雪達磨青空ひろくなりきたる  下村槐太

  雪達磨動かんとして崩れけり  竹岡一郎

のような句を思い出すが、掲句は不思議な句である。「雪達磨はみんな男であって、かつ融けている状態にある」というように解するのか、あるいは「雪達磨は男が原因で融けてしまっている」と理解するのか。
雪達磨という存在感はあるけれど儚いものを、読者に「そこに一歩とどまれ、そしてよく見よ。融けたっていいじゃないか」といっているようでもある。


すずなすずしろ姉妹で眉を剃りおとす   鳥居真里子

「鼬の姉妹」の鳥居さんが、今度は眉を剃り落とした。なぜ、姉妹で眉を剃ったはわからない。すずなすずしろとの取り合わせも効いているのかどうか。このあたりは、まさに鼬のようにすばしこく、いたずらっぽい真里子ワールド全開。でもこの取り合わせ、近すぎず、遠すぎず、悪くないと思うのだが。サ行もくどくなく。


脱がさずに乱すが愉し春着の子   澤田和弥

「の子」を「かな」にすると相当エロい句ともとれる。作者は百も承知だろうけれど。


第298号 2013年1月6日
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第299号 2013年1月13日
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