2013-02-10

【週俳1月の俳句を読む】仲寒蝉


【週俳1月の俳句を読む】 
すごい発見

仲 寒蝉



●新年詠より

探偵のいなくなる初日の出かな   岡田知昭

さっきまで一緒に「さあ初日の出だぞ」などと言いながら待っていた探偵さんがいつの間にかいなくなった。どこへ行ったのだろう。元日から仕事だろうか。初日を見ている観客の中にターゲットを見つけたか。いや、そもそもなぜその人が探偵だと分かったのだろう。知り合いだったのか、初日を待つ間にお喋りをしていて分かったのか(自分から「探偵です」という探偵は余りいないと思うが)。いずれにせよ、さりげなく詠まれているけれども様々なドラマが背景に感じられる句である。余りめでたさと関係のない所が初日の句として新鮮。


うろうろす読初の書に指挟み   小川春休

何ともかっこ悪い正月風景、しかし昔の格式ばった正月とは違って、最近は誰しもこんなものではなかろうか。読みかけの本に指を挟んで家の中をうろうろするのは何も正月に限ったことではない。「ちょっとお父さん、邪魔だからどいてくださいよ」などと言われながら・・・「その~オレのあれどこいった?ほら、あれさ」などと間抜けたことを口走りながら・・・。しかし正月だからこそ俄然こういう日常の光景が面白くなる。読初の有り難さも何もあったものではない。


満ち足りてゐない群集初詣   小澤十豬

ああそうか、満ち足りていないから初詣なんかするのだ、と気付かされた。それも群衆で・・・こんなに不満がくすぶっていてこの国は大丈夫か?などと思ってしまう。これまでは初詣にいそいそと出かける人たちは皆幸せなんだなと羨ましく思っていたがそうでもなさそうだ。「目から鱗」的な俳句。


蒲鉾板に残るかまぼこ寝正月   越智友亮

かまぼこをかまぼこ板から剥がす。質のいいのはすぐ剥がれるが安ものはなかなか剥がれない。最後は包丁で削ったりしてあまり気持ちのよいものではない。それと寝正月。正月くらいはゆっくり寝ていたい。でもどこか決まりが悪い、後ろめたい、その気分がかまぼこ板に残るかまぼこみたいだ。と、その様にも取れるし、いつまでも寝ている自分といつまでも板に貼り付いているかまぼことの相似を詠んだとも取れる。いずれにせよ面白い取合せだ。


年賀状束ねて輪ゴム細くなる   金子 敦

年賀状は投函する時も送られてくる時も輪ゴムで束ねられている。分厚くなると輪ゴムは細くなる。当り前のことである。当り前のことをことさらに俳句にすると滑稽感が生ずる。こういうのを只事と言って批判する向きもある。でも只事でいいのである。世の中そんなにドラマや奇抜な発想がごろごろ転がっている筈もないのである。年賀状なんてこのくらいに詠むのがちょうどいい。


破魔弓や座椅子に居続ける力   北大路翼

なるほど、座椅子に居続けるにも力がいるんだな。そりゃ坐っている時にも背骨を支える筋肉は緊張しているから当り前か。でもこう詠まれると必死で座椅子にしがみ付いているようでおかしい。それと破魔弓とが取り合わされている。破魔弓の凛とした佇まいとがどこか通底する。破魔弓もただ置かれているように見えても邪気を払うためにいつも緊張を強いられているのだ。


坐りても立ちても四方に今年かな   小池康生

作者はいま正月が来たなあ、と実感している。立とうが坐ろうが寝ようが屁をひろうが、もう去年には戻れない。どこもかしこも今年になってしまったのである。テキストからはそこまでしか読み取れないが、踏み込んで考えると作者は取り返しのつかない去年を行かせてしまったと後悔しているのかもしれない。だから立ったり座ったりじたばたしている。でもどうあがいても今年は今年なのである。


七草のすずなすずしろ鳴りさうな   小林苑を

まことに語呂がいい。正しく「鳴りさうな」リズム感と語の響きである。昔から「せりなずなごぎょうはこべらほとけのざ・・・」とお呪いのように唱えながら日本語の美しさにうっとりとなっていた。そういう経験があるのは私だけだろうか。ああ、それならこの句も「七草の」ではなく「せりなずな」でもよかったのでは?と要らぬお節介を言いたくなる。


脱がさずに乱すが愉し春着の子   澤田和弥

これはエッチな句である。そうに違いない。春着というのはおおむね女性が着るもの。それを「脱がさずに」と言っているがこの時点で脱がせてみたいという心の底が見える。しかもあろうことか脱がさない代りに乱すと言う。これはもう破廉恥の極みである。況やそれを「愉し」と言挙げするに及んでは。俳句の名を借りた猥褻行為と言えよう。だがこの句をにやにやしながら読んでいる筆者も同罪なのである。


あばら家のあばら眼前今朝の春   田中悠貴

あばら家というからにはあばらがある、と作者は思っている。「あばら」を広辞苑で引くと「荒れはててすきまの多いさま」とある。その状態が眼前にあると言うのだ。しかしうかつにもこの「あばら」から肋骨の「あばら」を連想してしまった。いや、うかつではなくこれは作者の仕掛けた罠なのである。あばら家の隙間だらけの空間にまるで肋骨のような柱や鴨居が残っている様子が浮かぶ。ちっともめでたくない初景色に「今朝の春」と付けるのは何とも言えぬアイロニー。


初空や出すといふこと気持ちよき   羽田大佑

何を出すのかは読者の想像に委ねられている。だが排泄にせよ、放屁にせよ、射精にせよ、閉じられた空間から放出する、解放するのはどれも気持ちがいい。嘔気のある間は不愉快だが嘔吐してしまえば一時的にせよ気持ちがよくなる、ということを思い起こしてみればいい。さて、初空である。初空の下で何かを出した、とも取れるが初空自体が出されたものであるという見方もあり、この方がいい。つまり明けるぞ明けるぞと我慢していた去年が今年になった途端に初空を吐き出したのである。


巫女ちらっと手鏡それが初鏡   宮崎斗士

言い回しが何とも上手い。巫女さんはたぶん女子高生か女子大生のバイト、もともと神に仕えるつもりはさらさらない。化粧も(薄化粧だろうが)するし自分が初詣客から、とりわけ破魔矢やお守りを買いに来たイケメンからどう見えるかが気になりもする。だから気付かれないようにさりげなくちらっと手鏡を見るのである。それがその巫女さんにとっては初鏡であると言う。物の見方の面白さもあるがその手鏡を見つけたぞと言わんばかりの、どことなく糾弾するかのような言い方がまたおかしみを誘う。


正月のすき家一家のゆるぎなし   村越 敦

吉野家ではなくあの「すき家」である。通俗である、庶民的である、「ふつう」である。だが正月に置いてみると俄然その「ふつう」さが輝いてくる。正月だろうが何だろうがすき家はすき家だぞ、もんくあるか、と居直っているかのような「すき家一家」、この一家を付けたところにまた滑稽味がある。普段と変わりなくすき家があるという「ゆるぎなさ」、「ふつう」の強みである。


はにほへといろはにほへとふくわらひ   山下彩乃

「いろはにほへと」に「は行」の字が3つある。「ふくわらひ」にも「は行」の字が2つある。お互い重なっていない。これはすごい発見である。だから「いろはにほへと」と「ふくわらひ」を続けると「は行」が全部揃う。「は行」は笑う時に出す声である。だからこの句には笑い声が満ちている。実にめでたいではないか。全部平かな書きにしなければこの句のよさは出ない。


●鈴木牛後「蛇笑まじ」より

やる栗を見ず寝る鼠下り来るや

回文というのは難しい、でも読者からすると面白い。宮崎二健さんのように破調が当り前というのを作る人もいるが牛後さんは原則定型で作られるようである。回文だけでも大変なのにそれを定型で作るとなると至難の業である。ただ回文俳句を読むといつもどこか「無理目」な感じが漂っている。あ、ここはちょっと苦しい言い回しだな、とか、この漢字を強引にこう読ませたな、とか。また意味が通らないことは普通と思った方がいい。何しろ単語を並べるだけでも大変なのだ。それは致し方ないことなのだが、そうじゃない表現や言い回しに出会うと「おおっ」となる。思わず拍手したくなるのである。
この句など無理目度が低い方だ。誰かが鼠に栗をやった。その栗を見ないで寝るために下りて来るのか?この鼠め、という訳である。読後感は「おおっ」であった。スマートである、見事である。滑稽感もある、意味も十分取れて共感できる。いいものを読ませてもらったという感じがする。

志摩海老へ恋知りし以後蛇笑まじ

題名の由来となった句。「シマエビ」は漢字では「縞海老」かと思ったら「志摩海老」と書かれていたのにまず惹かれた。蛇が志摩海老に恋したんだな。そういう恋を知ってしまってから蛇は笑わないであろうと。何だかこの蛇、いじらしいではないか。生真面目な蛇なんだな。

雪質ひらひらひらひら羊消ゆ

これはちょっと破調。きれいな雪の句である。雪が降り積もって、或いは視界が雪だらけなので同じ色の羊は消えてしまうというのだ。幻想的な風景だ。

きりきりと二月二十日に鶏切りき

これも「お見事!」という他ない回文のテクニックである。「鶏切りき」が潔くていい。何で二月二十日なんだ?と野暮なことを問うもんじゃない。ちなみにこの日は歌舞伎の日、旅券の日、多喜二忌、などだそうである。

逆目の子知らぬ犬らし木の芽傘

逆目の子がちょっと恐い。木の芽傘という造語も余り無理なく美しい(木の芽雨があるからそれにさす傘のことだろう)。逆目の子と犬と傘と、三位一体となっている。

以上のように牛後氏の回文俳句は無理目感がなく普通の俳句として楽しめた。茨の道であるが構わず進んで行って欲しいものである。


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