2013-02-17

林田紀音夫全句集拾読 253 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
253

野口 裕





大山蟻急ぐ晩年の直下

昭和六十二年、未発表句。蟻は紀音夫には珍しい句材。足下でせわしげに動く蟻を見た時の、ちょっとした感慨。一瞬にして、山蟻に自己の過去がすべて投影されているかのような錯覚も起きる。

 

屋上の日照雨八月の峰近く

昭和六十二年、未発表句。「芦屋に転居」の詞書あり。そこではたと困惑する。巻末の年譜には、「昭和六十四年(平成元年) 芦屋市松浜町に転居」とあるからだ。巻末の福田基氏の文章には、「平成元年、彼は芦屋に松浜町に居を移す。(中略)筆者は彼に膨大な蔵書の処分を頼まれて、大型ワゴン車を差し向けた。筆者の書庫でそれを分類していると、(後略)」とある。昭和六十二年八月が引っ越しの始まりであり、平成元年が引っ越しの完結と見るのが良さそうだ。紀音夫の意識では、生活の基盤を移したのが昭和六十二年八月ということだったのだろうか。句は居を移した心の高揚を伝える。

 

声あげて花火の空のまた他郷

昭和六十二年、未発表句。転居の詞書の句に続く。自宅としたが、まだ見知らぬ町の祭に迷い込んだような気分でもある。高揚の中にあるさびしさといったところだろうか。比較しているのは、生まれ故郷の北朝鮮の風景なのか、苦しい時代を過ごした大阪の町なのか、住み慣れた引っ越し前の町なのか。

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