2013-03-10

【週俳2月の俳句を読む】淡きもの 笠井亞子


【週俳2月の俳句を読む】
淡きもの

笠井亞子



煙るような目をしていたり梅咲いて

寒夕焼から国境がこぼれおちる

日本水仙ささやくときは首くいと

東風に吹かれて薄薔薇色の墓の辺へ

はずんで孤独いつまでもシャボン玉

水温むと今日エウロパより便り

巣立ったら槐の枝へ行くつもり

﨟たけて千年のちも苦蓬

かげろいて手を振りあいて同胞

記憶夢淡きもののみ咥えくる


皆川 燈 千年のち


十句にタイトルをつけ作品として提出する場合、近作からのアトランダムな選であれ、やはりそこには編集ということが働く。となれば著者の並べ方にも意図を探りたくなる。とくにこのような句群であるならば。

このスモーキーな十句から浮かび上がる世界をどう読んだらいいだろう。

この淡さはしかしわざとピントを甘くしボカシてあるわけではない。すべてのものが時空間のくびきから自由になっているような、遠近感の喪失した世界。光量が足りないのか、あるいは多すぎてハイキーになった写真のようにも思える。ともかく影の印象が希薄なのだ。そして東西も古今もほどよくないまぜにされている。事物はなめらかに接合され、親しみのわく、どこかなつかしさをおぼえる世界がしたてられている。

十句のなかの一句として見ると、日本水仙と限定されても、西洋人の長い首が交差しささやきあっているうなじを、なぜか想像してしまう。東風に吹かれていく先の墓地は中東の遺跡のようだし、エウロパは神話の人物や木星の衛星と読んでもおもしろいが、知り合いのエウロパさんのような気がする。鳥たちが元気に巣立って行く先は、中国で昔から尊重されてきた、かの槐樹なのですね。
そう、国境はあらかじめ「こぼれおちて」いるのだった。
駘蕩とした気分で読みすすんでいくとぶつかる

靄たけて千年のちも苦蓬

苦蓬は、葉を干して防虫剤として使うほか、リキュールのアブサンやチンザノなどの添加物として有名だ。学名エルブ・アブサントは聖なる草を意味する。
英名はエデンの園から追放された蛇の這った後に生えた、という伝説があるらしい。不勉強な者の安直な調べ方からも、この植物のイメージ喚起力の激しさはうかがい知れる。なかでも、近縁種のオウショウヨモギはウクライナ語で「チョルノブイリ」といい、原発事故のチェルノブイリ周辺に自生し、地名ともなっているという記述にはうなった。
著者の意図がどの辺りにあるかはわからない。千年というキリスト教的スパンを思えば、くりかえしエデンは出現し、くりかえし人類は罪を犯すということか。
もしかしたら、激しい別離を暗示するかもしれぬ同胞との手の振りあいも、ここでは遠く前世のできごとのようにかげろいの中だ。
「煙るような目」をしていたのはやはり作者だったのだ。そして、それら淡きものたちを咥えた小動物(たぶん)が種明かしのように登場して終る。
作者は、そう、永遠にシャボン玉を吹いているのでしょう。
無時間をたゆたうような、読むことのぜいたくを味わえる十句である。


第302号 2013年2月3日
竹岡一郎 神人合一論 10句 ≫読む
宮本佳世乃 咲きながら 10句 ≫読む
第303号 2013年2月10日
照屋眞理子 雪の弾 10句 ≫読む
第304号 2013年2月17日
皆川 燈 千年のち 10句 ≫読む
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