2013-03-10

【週刊俳句時評77】 忘れないこととマゾヒズム  上田信治 

【週刊俳句時評77】 
忘れないこととマゾヒズム

上田信治 


今号に掲載した拙稿「俳句の宛先について」は、『澤』昨年7月号「特集 震災と俳句」からの転載です。

震災のことを書くために、ほとんど太平洋戦争における戦争詠について書いています。

それは、一年経てば「のど元過ぎれば」になるんだということを、別の時代のそれを借りて、言いたかったということです。

相変わらず、品のないやり方ですが、去年の前半は、そういうことは、まだ言いにくかった。

震災から丸二年が経った、今年は、どうでしょう。



今月はじめに、朝日新聞に掲載された、長谷川櫂、小澤實、西村和子の三氏(それぞれ朝日、読売、毎日俳壇の撰者)による鼎談から、まず、長谷川櫂氏の発言を引きます。

長谷川櫂 直後の強烈な衝撃を乗り越え、忘却の過程に入っている。いい面と悪い面があるが、忘れることは無になるのではなく、心に沈んでいくこと。体験の内面化、深化の過程でしょう。
  まだ2年しかたっていない。いい作品はこれからです。
 
(朝日新聞2013年3月5日朝刊「俳句めぐる空気、動いた 3紙選者が語る震災後の俳壇」)

それは、ほんとうのことでしょうか。

あのことが、忘れられて、無になって、深く内面化されて、いい作品が出来る、というようなことが、あるだろうか。

地震や津波の当事者の方には、申し訳ない言い方かもしれませんが、わたしたちの共同意識の中で、これから先も、傷として疼きつづけるのは、おそらく、自然災害の経験ではなく、収束しない原子力発電所の事故のほうでしょう。

この社会は、正しくないやりかたで運営されている「ろくでもない」場所で、わたしたちは、それをどうすることもできない……。

そういうことが、露わになった。 それを知ってしまったことは、しかたがないことです。むしろ、知れてよかった。

しかし、それが「内面化」され「深化」していくことは、それもまた「災害」であって、わたしたちは、たぶん、それを食い止めたほうがいい。

なんとか、そのことを「忘れない」ようにすることによって。

小澤實 原発事故が風化しつつある気配が心配です。(…)切実な原発の句は今でもとり続けている。新年詠といった大事な場面では、自分自身の危機感をこめて福島や原発の句を詠むようにしている。(同上)

とりだせぬ燃料棒や去年今年 小澤實
(週刊俳句2013年1月6日号)

小澤さん、そういうことだったんですね。関さんもやってました。

初御空東日本を看取る如  関悦史
初夢はかの事故の亡き世に一人 同
官庁街万の自死者を淑気とす  同

(「俳句」2013年1月号)

いずれの句もみごとに新年詠らしく「ご立派」で、茨城県で被災した関さんの歯がみの音が、定型のがらんどうの中で、ぎりぎりと響くようです。

長谷川 震災や戦争といった大事件以外にも日常では人が亡くなり、悲しみの経験を重ねる。今回は東北の犠牲の上に、日本人全体が悲しみを経験し深みを帯びたと言える。(同)

長谷川さんが(本当にそういう内容の発言をしたのだとしたら)、それは言っちゃいけないことな上に、まるで、逆なのではないでしょうか。

繰り返しになりますが、日本人全体が、こんどのことで経験し思い知ったのは、自分たちが、ひじょうにふまじめで、ずるく、ひきょうで、ものごとをあらためる力もなく、なにひとつ新しいことが実現できない、ということです。

「知ってた」と、言いたいところだけど、さすがに、ここまでとは思わなかった——というのが、じっさいではないでしょうか。

そういう、(まあ言ってしまえば)プライドのようなものが毀損して、なお生きていかなければいけないという事態は、長谷川氏が言うように国民に「深みを帯び」させたりせず、むしろ、いっそう「浅く」するでしょう。

村上隆や会田誠は、以前より、日本人として、自分で自分の「浅さ」(あるいは「気持ち悪さ」)に傷ついてみせる「自傷行為」のような、あるいはその浅さを「すごさ」であると言い張るような、表現を展開していました。

しろく て ぷよぷよ えだのゆきを も たかやまれおな も 
ざ の ざこ の ぶんがく なのだ それ で いい のだ
霊的ニャ高田馬場のガムを踏む 

ハムより冷たい薬系女子と立食せり 
(高山れおな句集『俳諧曾我』「原発前衛歌」「パイク・レッスン」より)

この爆発寸前の怒りに裏打ちされたマゾヒズムが、いよいよ、現実感をきわだたせる昨今です。この作家もまた、以前から、「浅さ」に苛立ち、傷ついてきた人だと思うので。



仮設百燈一燈一燈寒の華    高野ムツオ
死者二万餅は焼かれて膨れ出す
揺れるとは生きていること寒の地震
瓦礫でなき頃の瓦礫へ春の月
 
(「俳句」2013年1月号「寒の華」50句より)


むかしは今以上に、夏になると、テレビで、戦争と原爆のことをやっていました。それに似たことですよね。

わたしたちは忘れない、と、言挙げすることによる、亡くなった方への鎮魂と、いまも苦しんでいる方への連帯。

それは、たしかに必要な、共同体の代弁としての、表現の仕事かもしれない。

そういうことを思いました。

1 コメント:

高山れおな さんのコメント...

上田信治様

拝読しました。拙作への御言及、有難うございます。……が、それはそれとして、全体にいろいろと共感する点の多い文章でした。そもそも貴稿(再録も併せ)に加えて、小原氏句集についての記事もあるということで、このタイミングでこのコンテンツを揃えられたところに敬服いたします。深くなるのではなく浅くなるはずだというご指摘、その通りだと思います。guca解散イベントでの穂村弘氏の、社会が弱くなっている、という旨の発言を想起したことです。

高山れおな拝