2013-03-17

いくつか節穴が 金原まさ子句集『カルナヴァル』の一句 近恵

いくつか節穴が
金原まさ子句集『カルナヴァル』の一句

近 恵


向うから来て春の厠をひとり占め  金原まさ子

厠句であります。

この金原まさ子102歳の句集『カルナヴァル』に収められている句の中では比較的普通っぽく見えます。状況としては、誰かが向こうから来て春の厠に一人籠っている、ということ。ですが、やはりなんだかちょっと変な感じです。

私が家のトイレをひとり占めしながらこの句に出会った時、ふと幼いころを思い出しました。幼少の頃住んでいた家にはトイレがありませんでした。敷地内の母屋にもなく、母屋から120センチほどの幅の私道を挟んだところに、木造の、左に腰までの高さの扉の男便所、真ん中が和式便所、右端が薪のお風呂という三点セットの外厠が建っていました。和式便所は汲み取り式のボットン便所。扉は全部私道に面していましたから、共同便所でないにも関わらずその辺りに住む人は誰でも使うことができました。便所は横幅が120センチ、奥行きは180センチくらいあったでしょう。その奥の方に便器が設置されていましたので、ノックされても扉に手が届かないのですが、便所に入る時には外で靴を脱いで便所スリッパに履き替えるので、いちいちノックしなくても誰かが入っていれば靴が脱いであるので解るってもんです。

その厠の扉にはいくつか節穴が開いていました。大きな穴でも親指の先が突っかかる程度の直径1.5センチ程度の穴でした。覗くのには最適の大きさです。大人用の大きな和式便所にまたがって頑張っていると、昼過ぎの陽が傾いて来た頃にその節穴から日が差し込むのです。薄暗くて無駄に広い便所の中に、幾筋かのお日様色の優しい光が差し込み、その光の筋には何かキラキラしたものが舞っているのが見えました。その光は私だけのものでした。頑張るのも忘れてじっと見ていたものでした。それが私の「春の厠」だとこの句を読んで思ったのです。

それにしてもこの句。基本的に厠は一人で入ることが一般的です。それを誰かが向こうから来て「ひとり占め」したというのだから、本当はその誰かと一緒に入りたかったのかもしれない。誰かと秘密を共有したいという願望にも思えます。もっと深読みするなら、向こうから来た人は恋いうる相手なのかもしれない。そうなると「春の厠」は実は自身の肉体を指していて、それを誰かにひとり占めされたいと、そんなエロティックな欲望すら深層にはありそうに思えるのです。深読みしすぎですかね。しかし句集全体のトーンからすれば、あながち外れじゃないかもしれない。

でも実は本当に単に厠に向こうから来た誰かが入って頑張ってくれちゃってちーっとも出てこないってなだけだったら……まあそれはそれでいいか。妄想は読み手の楽しみですから。


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