2013-04-14

林田紀音夫全句集拾読 261 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
261

野口 裕





海を見て騒ぐさくらの下通る

平成元年、未発表句。海を見ているのはさくらか作者かは、取りようの分かれるところではあるが、騒いでいるのはさくらだろう。そう受け取るの が、言葉の流れから自然である。紀音夫の句の世界では、騒ぐのは常に他者で自身が騒ぐことはあり得ない。そしてこの時期、世の喧噪と紀音夫の距離はかなり 大きい。


葉桜の浮上する昼まぶしくて

葉桜に風棲む遠く海を見て


平成元年、未発表句。葉桜二句。一句目は「浮上」、二句目の「棲む」の用い方が独特。「まぶしくて」と「見て」に、推敲の余地ありと見受けられる。こうした余地を残しながら書き留めておかないと、発表句に多くある無季句への作り替えがうまく運ばないてんもあるのだろう。

 

さかのぼる鷗に昼のひかりの傷


平成元年、未発表句。芦屋住まいとなって、海が近くなったせいか。句材に海の鳥が出てきている。海風に乗って、悠々と海から陸へと飛んでゆく昼 の鷗を「傷」と感じる、そうした措辞を置くのは強引ではあるが、見上げるまぶしさがそうした語を呼び起こしたのだろう。紀音夫の場合、「傷」は戦争あるい は戦後と結びつくだろうが、鷗からそれを読み取るのは無理ではある。だが、鷗を「傷」と捉える把握にはインパクトがある。

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