2013-05-26

朝の爽波68 小川春休



小川春休





68



さて、今回は第四句集『一筆』の「昭和六十年」から。今回鑑賞した句は、昭和六十年の春から初夏ぐらいにかけての句。年賦上、特に記載のない時期ですが、出石や逢坂山など活発に吟行している様子が窺われます。昭和五十八年六月に俳句オンリーの生活に入って、ちょうど二年が過ぎようかという頃です。

生家にてはくれん明り二たところ  『一筆』(以下同)

「生家」という言葉は、いとも簡単に懐旧の情を起こさせるが、要はそれをどう肉付けし、豊かなものとしていくか。掲句では、ふわっと明るく白木蓮が浮かび上がり、生家を明るく穏やかなものとして感じさせる。読み上げれば、その響きもまた優しく穏やか。

花大根忌明けの人を上座(かみざ)かな

「吉本伊智朗と半年ぶり」と前書のある句。晩春に咲く白または薄紫の大根の花、この花が咲いているということは、畑に大根が育てられており、この席を取り巻く環境というものも自ずと想像される。鄙びた席で再会を喜ぶ、ほのぼのと心暖まる句だ。

げんげ田に共にある刻(とき)永かれと

「明石句会五周年」と前書のある句。緑肥として稲刈後の田で栽培される蓮華草の花。田植えまでの間、ピンク色の小さな花を咲かせる。句会五周年を祝しての挨拶句ということもあってか、爽波の句としては珍しく、ほろりと本音が出たような趣の句だ。

大茶会人を寄せをり余花の雨

生憎茶道のことは殆ど知らないのだが、大茶会とはどのくらいの人出があるものだろう。それにしても、上五中七で展開される視界は大茶会をすっぽり収めてさらに広く、何とも気分が良い。葉がちにはなったがところどころ咲き残っている桜が、遠く雨に煙って。

いま行くが鉄砲町よ風光る

「出石 三句」と前書のある句のうちの二句目。出石(いずし)は兵庫県豊岡市にあるかつての城下町、但馬の小京都とも呼ばれる。細かく町の名が分かれる城下町、鉄砲町を目指していたが、いつの間にか着いていた。そんな景の浮かぶ「いま行くが」という叙述だ。

座ぶとんにこれも逢坂山の蟻

逢坂山は、滋賀県大津市の西部に位置する山。掲句での座布団と蟻との出会いは、屋内の生活と自然との出会い。逢坂山という地名が、その自然を大きなものに感じさせる。「これも」からは、蝉丸が逢坂山の関を詠んだ〈これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関〉の面影が心に浮かんでくる。

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