2013-06-23

とある眼差しのこと 松下道臣句集『足形』の一句 西原天気

とある眼差しのこと
松下道臣句集『足形』の一句

西原天気


俳句には、俳句そのものの価値よりもむしろ、と言って悪ければ、その価値と同等に、俳句的行為、すこし具体的に言えば俳句的眼差し、俳句的スタンスのようなものに宿る価値というものがある。

  梅干になる梅の実の紅すこし  松下道臣

たしかに。

その4文字で感想は終わるかもしれない。これ、見たことがある。そうだよね。たしかに。

特別でもなんでもないことが、ひとつの調べになっている。そのことの喜ばしさを嚙みしめると同時に、「紅すこし」を見ている作者(とある人)のこと、それをわざわざ句にする作者(とある人)のことに、どうしても思いが到る。

そのときの、とある眼差し、とある意図が、句が現前化するところの事象、句の風景と同等に、あるいはそれ以上に尊い、と思えてくる。

こんなことは、俳句を愉しむときの、ごくごくあたりまえのことなのだが。


作者の松下道臣は1941年、東京下谷稲荷町生まれ。「歯車」「暖流」を経て「雷魚」「萱」の創刊同人。

  既に梅雨しやうことなしにめしを食ひ

  ほほづきを終日揉んでをりにけり

  けふ二月二十九日ぞ馬鹿をせむ

『足形』は、抑制された諧謔が魅力的な、そして俳句との関わりにおいて余裕のようなものが感じられる句集。

  空缶の雨があふれる秋の浜

集中、とくにお気に入りの一句。


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