2013-07-07

朝の爽波74 小川春休



小川春休




74



さて、今回は第四句集『一筆』の「昭和六十年」から。今回鑑賞した句は昭和六十年の秋の句。『一筆』は、これまでの句集のような厳選ではなく、一年で六十から百以上もの句を収録しているので、読み進めていくうちに徐々に季節の移り変わりを感じられるところも魅力。例えば今回鑑賞した五句だけでも、秋から徐々に冬も間近という時期へ、季節が進んでいるようです。

氏育ち良き子とならび根釣かな  『一筆』(以下同)

秋、魚が寄る岩礁などのいわゆる「根」を狙い、岩頭や岸壁などから釣る根釣。釣れる釣れないだけが釣りの楽しみなのではなく、居合わせた見知らぬ同士、釣りや様々な方へと話の弾むこともある。その「子」の受け応えの品の良さは、親の訓育の賜物であろう。

盆を拭く二枚三枚秋の水

「二枚三枚」と言うからには当然、語られぬ一枚目も存在する。次々と盆を拭き清めるうちに、雑念も消え、心が澄み渡ってゆく。その心の有り様が、下五に表れる「秋の水」と重なり合う。ゆったりとした時間の流れを内包した、深い淵のような奥行きを感じさせる句。

霧いよよ深ければ蛇路上かな

このように詠まれているからには、普段はそうそう蛇など現れない道路なのであろう。人間や車の通行のために造られたはずの道路が、濃霧によって、蛇が我が物顔で往来する場へと一変している。個人的には、夜に向けて濃さを増してゆく、夕霧の景と読みたい。

初の孫御蚕ぐるみ秋収

「御蚕ぐるみ」とは、絹の着物ばかりを着て贅沢をすること。大事にかしずかれる赤子の様子も去ることながら、「御蚕ぐるみ」という言葉自体も、養蚕が盛んであった時代の名残りを感じさせる味のある言葉。一年の農事が終わった祝いの席の、主役のような赤子の姿だ。

次なる子はやも宿して障子貼る

先の出産からさほど月数も経ていないのに、もう次の子を懐妊したという。その事が分かったばかりであれば、まだ外見上母体にそれほど変化はないかも知れないが、障子貼りはなかなかの重労働。とは言え来るべき冬の準備として、やらざるを得ない事でもある。

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