2013-07-14

朝の爽波75 小川春休



小川春休




75



さて、今回は第四句集『一筆』の「昭和六十年」から。今回鑑賞した句は昭和六十年の秋から冬の句。やっと昭和六十年も終わりが見えてきました。昭和六十年十二月、田中裕明・西野文代の両氏の句集出版祝賀会が相次いで開催されています。ちなみに、「青」の個々の句集に対する祝賀会は、一部の例外を除き一応これをもって最後となり、翌年からは「句集まつり」としてその年に出版された句集合同のような形で開催されることになった模様。

行き行きてとんと飛びのる崩れ簗  『一筆』(以下同)

秋、産卵のため川を下る鮎を獲る仕掛けが下り簗。晩秋になると役目を終えた簗が崩れかかってくる。そんな崩れ簗でも、まだ人を載せるほどの強度があること自体、馴染みのない者にとっては驚き。飛び乗った人物の方は、そんな事は当然といった様子だが。

山粧ふ名刺もたぬを詫びながら

果たして俳句の場に名刺は必要なものだろうか。持たぬのは個人の自由なのだが、人から名刺を貰った時に返すものがない事には、どうしても申し訳なさを感じるものだ。それにしても、折角の紅葉に、まるで仕事中のようなやり取りとは、ちょっと可笑しい。

大根買ふ輪切りにすると決めてをり

芭蕉の〈初真桑四つにや断ン輪に切ン〉を思い起こさせる掲句。芭蕉句の方は大人数でわいわい言いながら、掲句の方は一人という違いはあるが、「食」に対しての思い入れの深さ、一所懸命さは相通じる。生きることの本質と可笑しさとが入り混じる一句。

生野菜からだに良しと褞袍着て

いくら生野菜が身体に良いと言っても、季節は冬、風呂吹き大根や様々な鍋料理など他にも沢山旨い物があろう。それに、身体を冷やすことになりはしないかと心配にもなるが、聞き齧りの健康知識に固執している褞袍の主、とても聞き入れて貰えそうにない。

身を掻けば穢(ゑ)がぽろぽろと鶴凍つる

厳しい寒さの下、凍ったようにじっと動かず片足で立っている凍鶴。それに相対する人間の方は着膨れて、凍鶴の端正な佇まいとは程遠い有り様。掻けばぽろぽろと落ちる何か、乾燥した皮膚であろうか。生活感のある景だが、どこか軽妙でもある。

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