2013-07-28

音について、すこし 上田信治

音について、すこし

上田信治



小説に音韻論はない。

いっぽう俳句は、その構成要素のすべてを意識できる短さである上に、いちばん目立つ特質が音数律なのだから、「音」が気にならないわけがない。



しかし、目に見えて分かるていどの技法は、真似やすく、クリシェになってしまうのも早いので、そこは個々の作者の天才にまかせておき、その言語感覚と偶然によってできあがるものを(意識できるかできないかすれすれのところで)楽しんでいるのがよい、という気もします。



以前、彌榮浩樹さんが、素十の〈桔梗の花の中よりくもの糸〉について、それが、〈桔梗の花の中からくもの糸〉という改作よりすぐれて感じられるのは、「「より」は「より」っと、「から」は「から」っとした感触を与える、ということではないか、と。」と書かれていたのは、おもしろかった。

俳句の言葉は、音としてオノマトペ化することで質感を醸成し、身体感覚に働きかけるというのが彌榮さんの論です。

いつ「写生」なのか ──私的感想として 
彌榮浩樹「秋草逍遙」を読む 



俳句のリズムは、ほとんどの場合、出来合いのものが使われる。

音数律というのはそういうものなので、しょうがないですが、やはり独特な人はいて。

牛久のスーパーCGほどの美少女歩み来しかも白服 関悦史
蠟製のパスタ宙に立ち昇りフォーク宙に凍つ    〃
海を照らす雷よ苦しめ少年はいつもそう  大本義幸

の過剰。

祈るなりわが骨を歯をきしませて   四ッ谷龍
祈るなり百万の独楽回るなり     〃
くしゃくしゃの祈りをひらき祈るなり 〃

の連作によるリフレイン効果。

十一月いまぽーぽーと燃え終え 阿部完市
鱧素麺食べおわりましたけれども 〃
メキシコ料理店のように大降り 小野裕三

の脱臼。

などが、リズムに独特感が感じられる作者と作品として、パッと思い出したもの。



リズムといえば、出たばかりの「ガニメデ58」から。

遠いと声が見えない春の海に来たが 佐藤文香
街を抜けて橋に踊る海が見えた冬の

100句詠み下ろし「大植物」から。この100句、ひじょうに多彩な文体が採用されているのですが、対になるようなこの二句(だいぶ離れて並んでますが)。

春の海の句が「4・3/4・3/3・3」。冬の海の句が「3・3/3・3・3・3/3」という、音数になっていて、リズムにもかなり意識的。

(この100句、おもしろいです)



こちらからは、以上です。




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