2013-08-18

【本の紹介】金原まさ子『あら、もう102歳』 藤 幹子

【本の紹介】

金原まさ子『あら、もう102歳』
この振れ幅が催眠術の振り子となって

藤 幹子




どうお伝えしたら良いのでしょう。何しろ読んで欲しいページに付箋を貼ったら、本文180pあまりの内、31枚にもなりました。本がしゃらしゃらかさかさいいますよ。

同年代(いや同年代の方は少ないか)もとい、還暦以降の方はこの本をどう読まれるのでしょうか。俳句愛好家の年齢層の大多数を占める方々は。

百余歳の俳人が不良少女と冠され、「悪徳と愉悦」と句集の帯文に掲載されてしまう。果たしてその年代の方々はその事実、その作品、その生き様に拍手喝采されるのか? 眉をひそめられるのか? どうなんでしょうか(特に男性の方!)。

三十代の私はただただ拍手喝采なのですけれども。

それにしても帯文に記された目次だけでも、かぶりつきたいくらい魅力的なのです。

「なんでもおいしくいただきます。なまたまご以外は」

「北大路魯山人のお店を、大泣きして辞めました」

「仏像よりダビデ像!」

「幼くして美人はトクだと思いました」

「みんなは「清く正しく」。わたしばかりが「悪くてあやしい」」

「良い人は天国へ行ける、悪い人はどこへでも行ける」
これだけでも、いかなるエピソードが語られるのか興味津々なのに、中身はその十倍は面白いのだから困ってしまう。五章立ての本書、第一章は自己紹介的な身辺雑記、第二章は亡きご主人との思い出、第三章は美しき男性たちについて(個人的に垂涎の章)。第四章は家族の事、また結婚するまでの事、そして第五章は再び現在に戻ってつれづれの事。俳句の事はもちろん載っていますが(主に第一章と第五章)、それ以上に著者によってさらさらさらさら語られる、大正から昭和のうるわしき文化(銀座の気だるい午後、カフェに男女は集い、ダンスホールは夜も昼もなく回り続け)にため息を漏らさずにはいられないのです。それがその時代ほんの一握りの人たちだけの文化だったとしても。
その人とはじめて知り合ったのは、目賀田男爵邸で催されていた、社交ダンスの会でした。
なんて、ご主人との出会いを書き出されたらもう! 吉屋信子の少女にでもなって夢見る瞳で「おねえさま、それから?」と聞くしかないではないですか!三十路ですが!(余談ですが、この目賀田男爵という方はおそらく目賀田綱美男爵で、勝海舟の孫であり、フランス遊学中にタンゴを知り、愛好家となって日本へタンゴを紹介し、日本の社交ダンスにおけるタンゴの草分け的存在になった方なのではないでしょうか)

そういうエピソードを書き出したらきりがないのですが、もちろん本書の魅力はそれだけではなく。例えば、
俳句は書いておりますが、自分が「俳人」と呼んでいただくことには、なじめません。
「俳人・金原まさ子」……きゃあ、と言って逃げ出したくなる。
なにか、ほかに呼び方はないでしょうか?
の「きゃあ」、あるいは、自らの育児日記の文章を引いておきながら、
この文章のスタイル、恥ずかしいなあ。
と書き加えずにはいられない、その瑞々しいような含羞にドキリとしたりもします。かと思えば、俳句について「読んでくれる人がいなかったら」一文字も書かないだろうと、
人に「褒められたい」から書くんです。
そう言いきってしまうと、かえって格好つけになってしまうでしょうか。
とはっきりと仰り、また、
わたしは頑ななまでに、「理外の理」というものを信じない人間です。
「大いなるもの、魂と名づけられるもの」の存在を信じることもできません。
あるいは、仏壇にむかい朝晩父母に呼びかけ、ご主人に話しかけしていても、
わたしは、魂も、来世も、神も、その存在を信じません。一切、無。そう思います。
と、ばっさりと割り切る潔さもお持ちです。

元来対人恐怖症で一対一になるのがこわい、と書かれながら、人にかまわれるのが大好きで、自分は「かまってちゃん」かもしれない、ともある。自分の句にはそこらを這う生きものがよく出てくるが、この目で見るのは嫌だ、指に刺さったとげを見るのすら嫌だとも仰る。

この振れ幅が、催眠術の振り子となって、読めば読むほど金原ワールドへ引き込まれていくのです。著者はそのあたり、A子とB子という真逆の性格を持つ人格になぞらえて説明しておられますが、詳しいことは読んでいただくのが良。どうぞ、金原まさ子ワールドへ共に旅立ちましょう。俳句の大事な話もありましょうが、それよりも、金原さんの頭の中の方がずっとずっと魅力的ですから。

しかしながら、ここでは書きませんでしたが、著者ご自身が在籍されていた「草苑」の主宰、桂信子さんとのエピソードは必読です。-BLOG俳句空間-戦後俳句を読むの五月のあとがきでも北川美美さんが感想を書いていらっしゃるので、そちらも。

(余談の余:さらに、やはり詳しくは書きませんでしたが、第三章「美しい男性たち」、ご興味ある方はもう、ぜひ、ぜひ、読まれるとよろしいかと思いますよ!)



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