2013-08-04

【週俳7月の俳句を読む】「疲れ果てていることは」 瀬戸正洋

【週俳7月の俳句を読む】
疲れ果てていることは

瀬戸正洋



本当に僕は疲れきってしまっているのだ。気が付いたら夏も終わり、まもなく立秋である。地上は残暑だが、空には既に秋の風が吹いている。

心の中に傘をさして裸足で歩いている自分が見える 
人の言葉が右の耳から左の耳へと通り過ぎる 
それほど頭の中はからっぽになっちまっている 
今日は何故かおだやかで知らん顔している自分が見える

「たどり着いたらいつも雨降り」吉田拓郎

四十年近く前の「国文學」で「歌謡」の特集が組まれていたが「現代の歌謡」の項に、この作品が取り上げられていた。

僕は原文との確認はほとんどしない。記憶で書く。この「たどり着いたらいつも雨降り」も間違っているかも知れない。

以前も、言い訳をしたが、パウロの「旧約聖書」の引用は間違いが多い。当時の「旧約聖書」は重く、大きく持ち運びが不便なので確認することが難しかったという理由だそうだが、パウロは、記憶の「旧約聖書」から引用したのだと小林秀雄は書いていた。記憶は僕らの財産なのである。パウロは「旧約聖書」との経験から引用したのだと。

僕は同じことを何度も書くが、その言い訳も書く。それは、全集を読むとよくわかる。小林秀雄、尾崎一雄に限らず、誰もが同じことを繰り返し作品化している。何度も繰り返し書くということは、その人にとって理由があるからなのだ。そのことは、全集を読んではじめて理解した。僕はチンピラだから、そんなこだわりなどおこがましいが、ついつい、同じことを書きたくなってしまう。



梅雨晴間自画像作家として自立  マイマイ

誰もが自画像を描いている。自画像しか描くことはできない。野菜を描いても自画像なのである。これは僕の偏見であるが、文学者も画家も音楽家も、そして、僕らのような社会の底辺でうごめいている人間も同じなのである。

誤解を怖れず言えば日常での立ち振る舞い、それらの全てが自画像を描いているということになる。自画像を描き続けることが生きることなのだ。

梅雨の晴間に作家として自立したということは、青春も終わりの頃、何とか生きていく自信というか、目処というものがついたということなのだろう。梅雨の晴間のだけれど。

ベランダのパセリの花といえば花

僕はパセリの花は知らないが、「花といえば花」という表現が面白いと思った。上司が「右」と言えば、確かに「右」なのである。間違っても「下」のような気がしますなどと言ってはいけない。半殺しの目に遭ってしまうからだ。

夏至の夜のカスタネットの音乾く

夜が一番短い日にカスタネットの音が乾いている。乾いたカスタネットの音が聴こえる。梅雨だから乾いた音だったというのが面白い。



冷酒や亜流に生きて心地好し  小野富美子

本流は辛いに決まっている。その点、亜流は心地よい。なんてったって亜流なのだから。のんびり生きていればいいのだ。だが、亜流には悲しみが満ち溢れている。冷酒はその心を慰めてくれるのだ。

ポケットに入らぬポケット版薄暑

このような経験、人生の至る所でみかける。もしかしたら、この「ポケット版」洒落で拵えたのかも知れない。薄らと汗ばむ季節に、少しイラついてみることは肉体的にも健康的にもよいのかも知れない。

麦秋や研ぎ加減見る指の腹

研いでいるのは鎌ではなくて包丁なのかも知れない。確かに、僕らは指の腹を当てて研ぎ加減を確認する。だが、絶対に指の腹を傷付けることはしない。たまには傷付けてみればいいのにと思う。指の腹にも自分のやさしい心にも。

色深くなるまで雨の額の花

「色が深くなるまで雨の額の花を眺めていよう。」あるいは「待ってみよう。」ということなのか。それとも、額の花が雨をたっぷり浴び色が深くなれと念じているのか。そんな日があってもいいのだろう。

僕らには一日として同じ日はないのだ。僕は59歳だから365日を掛けると21,535日になる。つまり、僕の人生、21,535日、全て異なっていたのだ。そんなことより、僕は、まだ21,535日しか生きていなかったことに、すこぶる驚いている。

とりあえず墓はあります梅漬ける

先祖代々の墓なのか。とりあえず墓の心配をすることはない。だから、梅を漬けるのだ。余計なことは考えず生産性のあることをする。とても、よいことなのだろう。

だが、悩んだり心配したりすると、それらのことは回避されることの方が多い。不思議な話だ。災難は忘れた頃にやって来る。「一念岩をも通す」というが「一念」は、本当に岩を通すのだ。何百年もそう言われているのだから誰かがきっと経験しているに違いない。滅びることのない言葉には真実が隠されている。

地球儀の海膨らんでくる炎暑

熱を加えると物は膨らむのだ。海も膨らむし地球儀の海だって膨らむのだ。僕は地球儀というと幕末の志士のイメージがある。幕末の志士は地球儀を手に取ってどれだけ感動したことか。夏は全ての生物が燃える季節だ。希望は膨らめば膨らむほど人生を豊かにする。僕だって、たまには「生きてやろう」と思う時もある。

白桃を啜り過去へと裏返る

「裏返る」とは怪しい言葉だ。裏返るのは自分自身なのだろう。僕は、ほとんど、自分の意思通り生きて来たことはなかった。もちろん、外圧もあったが、そのほとんどが自分自身の弱さによるものだ。白桃を啜ると力が抜ける。その甘さが、僕らを自己嫌悪の世界に導くのだ。

顳顬に棲み付く頭痛夏百日  

頭痛が顳顬に棲みついたらたまらないだろう。そんな時は、顳顬と仲よく暮すに限る。嫌なやつと仲よくすることは人生の知恵なのである。外面がよいということは特技なのである。そして、おだやかな生活をするのだ。雑念は全て払わなければならない。

炎天に生臭き身を持ち歩く

僕らは生臭いに決まっている。欲望は誰もが持っている。炎天だから生臭さは増幅し持て余すようになる。だから、持って歩くのだ。これも正比例の俳句だ。そして、少々、自己嫌悪も。

麦酒飲むまた王冠を叩く癖

むかしむかし、居酒屋の親父、スナックのお兄さんたちの中に、麦酒の栓を抜く前に王冠を叩く人がいた。余り冷えていないビールのイメージだ。



雲白く夕焼終る頃と見し  岸本尚毅

僕は夕焼けが「終る」ことを考えたことはなかった。雲が白くなった頃が夕焼けの終る頃なのだと作者は言う。

思念なく鬼灯市の辻に立ち

ぼやっとして何も考えず、鬼灯市の辻に立っている。うらやましいと思う。浴衣の男女が通り過ぎたりして。地面に這いつくばって生きていくことは、もう止めにしよう。人には余裕を持って生きることが絶対に必要なのである。

ホ句つくる我に鬼灯買へと言ふ

俳人は「鬼灯市」では鬼灯を買わずに俳句を作る。「鬼灯市」そのものが、あるいは、その全体の雰囲気が、鬼灯を買えと言っていると作者は思った。

かき氷売の煙草のうすげむり

かき氷売りのお兄さんが咥え煙草をしながら氷をかいている。顔の近くにうすげむり。この汚さこそ夜店のかき氷の味なのである。そして、この汚さこそ人生なのである。

この作者は夕方から夜にかけての「鬼灯市」を主とした風景を描いている。これは僕の空想だが、文字の無い時代に俳句が存在するとしたらこのような作品になるのではないかと思った。ひとは、文字など無くても俳句を作り続けることができるし、幸福に暮していくことができるのだ。



蚊が口にくる折り紙を箱にする  藤 幹子

蚊が口の近くにやって来る。だから、折り紙で箱を作った。無関係という関係だ。僕らがよく見掛ける紙の箱は広告で作ったものだ。それは、枝豆の殻入れ。裏町の居酒屋のテーブルにあるものだ。裏町の居酒屋の蚊は特に痒いのだ。

怒号とは土用蜆の次々開く

土用蜆の次々と開いていく様子を眺めていたら「怒号」を映像化するとこのようになると作者は思った。



シャツ派手である夕立のスラム街  ぺぺ女

夕立のスラム街に派手なシャツの男が立っていた。それまでの男の人生と、これからの男の人生。「派手なシャツの男」ストーリーはいくらでも広がる。

睡蓮や姉妹そろって窃視症

姉妹そろって窃視症と言われると「どきっと」する。兄弟ならば、しかたがないかなとも思う。睡蓮の花の下を亀が泳いでいたりして。

この裸婦のかさぶたの数いい具合

裸婦にかさぶたがある。その数が、この裸婦にとっていい具合なのである。裸婦の美しさが際立つのである。かさぶたがあってこその裸婦なのである。負であるものがプラスに働く。これも、人生ではよくある話だ。

簡単な絶賛を得て虹の死ぬ

虹だけではなく全てのものにあてはまる。王様も総理大臣も、誰も彼も簡単な絶賛だけを得て死んでいくのだ。それで、十分に幸福なのである。僕なら死んだら非難を浴びるに決まっている。

晴れた日はこわい顔して遠泳へ

何かをしようとする前、人はこわい顔になる。晴れた日なのだから表情までもよくわかる。遠泳は命がけのことなのだから。



たとふれば月の毒ある葡萄の木  鳥居真里子

例えてみれば葡萄の木には月の毒があるという。そう考えた作者は、誰かに毒を盛られたのか、自分自身の心の片隅に「毒」のあることを気付いたのか。

たましひに玉虫色の痣ふたつ

「たましひ」は人が亡くなっても残るものだから肉体ではない。そこに玉虫色の痣がふたつある。生きている人間にも、死んだ人間にも「たましひ」は存在しているのだ。肉体は無くなってしまうのだから、脳髄に「たましひ」は存在するはずはない。いったい「たましひ」はどこにあるのだろう。玉虫色の痣とは何なんだろう。



浪音に濡れる音あり遠花火  ことり

遠花火が見えたから「浪音」に濡れる音があることに気付いたのだ。もちろん濡れていない音があることにも気付いた。ところで、音とは、自ら濡れてゆくものなのか。他力により濡れてしまうものなのか。

瞑れば玫瑰浜木綿浜防風

目を閉じたらまざまざとふるさとの風景が甦ってきたのである。それも全てが植物なのだ。「玫瑰」「浜木綿」「浜防風」としたことで、かえって、北の町の潮騒や海風、即ち、ふるさとの海を感じたのである。



「ぶるうまりん」で「多田裕計」の特集が組まれた。その後、四月には京都の梶山さんが亡くなり、六月には「ぶるうまりん」代表の須藤さんが亡くなった。ふたりとも僕の先輩で、この特集に執筆している。

須藤さんとは、いろいろあり僕は「ぶるうまりん」を退会した。その後、二度ほど原稿の依頼があった。それも、同人の山田千里を通してであった。「多田裕計論」には「横光との関連も含めて27枚以上」ということだった。「27枚以上ならいくら多くてもかまわない」とは須藤さんらしいと思った。

僕は争うことは避ける。頭の弱いチンピラの僕が須藤さんと戦っても勝てるはずもない。黙って下を向いていれば嵐は必ず去るものだ。

僕は争いごとを第三者として眺めることは多々あるが、頭の良い人達も碌なことを言っていない。きっと、あの人達も後で自己嫌悪に陥り不愉快になっているに決まっているのだ。僕らは取り敢えず「世捨て人」を気取っている俳人なのだから、そんな時は、陸に沈むのだ。「海に沈むのは誰だってできる」とは小林秀雄の口癖だ。

だが、僕は須藤さんを、作り手としても指導者としても尊敬している。須藤さんの作品については句集を読めばいいだろう。指導者としては「ぶるうまりん」以後と以前と山田千里の作品を読めば一目瞭然である。

昨年は「多田裕計生誕100年」、10月には福井県立図書館で「多田裕計展」が開催された。そんなことから、須藤さんも「多田裕計の特集」を思い付いたのかも知れない。多田裕計夫人は健在で逗子に住んでおられる。山田千里が「ぶるうまりん」第25号をお送りしたところ娘のAさんは僕の「雑文多田裕計」を読み、「父と明笛」の次作を多田裕計は脱稿していたと伝えたという。その原稿は、既に、処分してしまったとのことであった。多田裕計の晩年「文學界」発表した連作の短篇を読めば、誰だって未完に終わったと思うに決まっている。

自宅での介護、病院での看病。それなりの看取りを経験させてくれて僕の松葉杖が取れた頃、父は亡くなった。多田裕計の亡くなった日と同じ日だった。

僕は二十年前に亡くなった母に対しても、今回の父に対しても「親不孝の極み」であったと思う。きっと、僕は地獄に落ちるのだ。今、勤務先の事務所の移転を終え、父の「七七忌」法要の準備を始めている。



第324号 2013年7月7日
マイマイ ハッピーアイスクリーム 10句 ≫読む

第325号 2013年7月14日
小野富美子 亜流 10句 ≫読む
岸本尚毅 ちよび髭 10句 ≫読む

第326号 2013年7月21日
藤 幹子 やまをり線 10句 ≫読む
ぺぺ女 遠 泳 11句 ≫読む

第327号2013年7月28日
鳥居真里子 玉虫色 10句 ≫読む
ことり わが舟 10句 ≫読む

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