2013-08-25

朝の爽波81 小川春休



小川春休




81



さて、今回は第四句集『一筆』の「昭和六十一年」から。今回鑑賞した句は昭和六十一年の夏、たぶん六月前後の句。「青」二月号から連載開始の「枚方から」、六月号は次のような内容でした。読むと背筋がシャンとしてくる文章。
(前略)選句とは相撲の立ち合いの一瞬のようなもので、廻ってきた句稿との瞬時の切り結びである。
 パッと向こうから目に飛び込んできた句のみを選句用紙に記す。
 まあまあ良さそうだから、あとでゆっくり考えるとして、兎も角書き抜いておこう、という程度の句はキッパリと見送ったらいい。
 見たその瞬間に胸に響いてくる句は、その人のキャリアに応じて必ずあるものだし、若しそれが無いとすれば、その人の作る句も含めて、俳句に対する緊張感が弛緩しきっているとしか言えないだろう。
 また次のような利点もある。
 私自身を含めて、誰にだって選句の洩れはあるものだ。
 披講を聞いていて、しまった、あの句は取るべきだったなという句は、心をひき締めて選句に携っていても、何句かは出てくることだろう。
 そういう句を耳で聞いてすぐ手許の紙に十七字として書きとめる。
 ひとの選句を注意を傾けてよく聞きとる。これは句会そのものの緊張感を高めるし、何よりも、耳で聞いたものがすぐさま正しく一句として書きとめられないようで、何の俳句修業かと言いたいところだ。
 これで意を尽くしたとは思えないが、兎も角、選句に対する態度を早急に是正して貰いたいと思う。

(波多野爽波「枚方から・選句について」)

豆腐沈む水の明るき夏書かな  『一筆』(以下同)

夏の間籠って修行する夏安居、その際に経文を写すことを夏書(げがき)と言う。恐らく朝の早い頃、まだ涼しく過ごしやすいうちに、集中して経文を写す。広く開けた窓から、朝日が室内に射し込み、豆腐の沈む水を照らす。この豆腐、写経後の朝食かもしれない。

絵団扇や貴船は今も山の中

関東の生まれだが、大学進学以降の年月のほとんどを関西で暮らした爽波。第一句集『鋪道の花』にも〈新緑や人の少き貴船村〉の句を収めており、貴船は馴染み深い地であったと見える。〈新緑や〉が昭和二十一年、掲句は六十一年、年月の重みのある「今も」だ。

部屋割の紙張り出して昼寝かな

酷暑の折は夜も暑さで熟睡できず睡眠不足になることから、昼寝を夏季としている。掲句、夏合宿であろうか、幹事は部屋割の紙を張り出して寝てしまっており、気の置けない集まりの様子が想像される。さてこの幹事、この句を見た時、どんな顔をしただろう。

庭の木のみな年寄りぬ草むしり

夏は雑草がすぐに伸びるので、頻繁に草取をしなければならない。我が家の庭とは言え、そこにしゃがみ込む事は草むしりの時ぐらいであろう。草むしりの合間に、しゃがんだ姿勢から見上げた庭の木。いつもは見過ごしていた老いの様を見出したのであろうか。

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