2013-09-29

【俳句時評】恩田侑布子『余白の祭』と〈祭の余白〉 山田耕司

【俳句時評】
恩田侑布子『余白の祭』と〈祭の余白〉

山田耕司


このたび、恩田侑布子の俳句評論集『余白の祭』(2013年3月/深夜叢書社)が、Bunkamura ドゥマゴ文学賞を受賞した。まずは祝意を。恩田さん、おめでとうございます。

 

Bunkamura ドゥマゴ賞とは、どのようなものかを知るには、過去の受賞者および選者を見るのがてっとりばやいかもしれない。

( )内は選考委員。毎回ひとりが審査員を務める形式。

第1回 1991 山田宏一『トリュフォー ある映画的人生』(蓮見重彦)
第2回 1992 三田英彬『芸術とは無慚なもの 評伝・鶴岡政男』(吉本隆明)
第3回 1993 久世光彦『蝶とヒットラー』(辻 邦生)
第4回 1994 内田春菊『私たちは繁殖している』『ファザーファッカー』(中沢新一)
第5回 1995 佐江衆一『黄落』(城山三郎)
第6回 1996 飯島耕一『暗殺百美人』(中村真一郎)
第7回 1997 町田 康『くっすん大黒』(筒井康隆)
第8回 1998 矢作俊彦『あ・じゃ・ぱん』(椎名 誠)
第9回 1999 川上弘美『神様』(久世光彦)
第10回 2000 吉本ばなな『不倫と南米』(安野光雅)
第11回 2001 堀川弘通『評伝・黒澤明』(小林信彦) 
第12回 2002 多和田葉子『球形時間』(荒川洋治)
第13回 2003 米原万里『オリガ・モリソヴナの反語法』(池澤夏樹)
第14回 2004 田口賢司『メロウ 1983』(浅田 彰)
第15回 2005 大道珠貴『傷口にはウオッカ』(富岡多恵子)
第16回 2006 平松洋子『買えない味』(山田詠美)
第17回 2007 赤坂憲雄『岡本太郎の見た日本』(荒川洋治)
第18回 2008 中原昌也『中原昌也 作業日誌 2004→2007』(高橋源一郎)
第19回 2009 平野啓一郎『ドーン』(島田雅彦)
第20回 2010 朝吹真理子『流跡』(堀江敏幸)
第21回 2011 磯崎憲一郎『赤の他人の瓜二つ』(辻原 登)
第22回 2012 金原ひとみ『マザーズ』(高樹のぶ子)
第23回 2013 恩田侑布子『余白の祭』(松本健一)

Bunkamura ドゥマゴ文学賞とは…パリの「ドゥマゴ文学賞」(1933年創設)のもつ先進性と独創性を受け継ぎ、既成の概念にとらわれることなく、常に新しい才能を認め、発掘に寄与したいと1990年に創設されました。

とのことである。上記の顔ぶれを拝見するに、「新しい才能を認め、発掘する」というよりは、選考委員がその1年間でいちばんおもしろいと思ったものを推挙するという印象ではある。

 

と、まあ、それにしても、恩田侑布子『余白の祭』受賞は、なんといっても異色であろう。なんせ、俳句の、しかも評論である。書店では、かなり新陳代謝の悪い棚のしかもちょいと手にとりにくいところにあるイメージがある。あくまでイメージではあるけれど。

ともあれ、その「イメージ」は、たとえば「第二芸術論」が俳句に抱いているであろうイメージ=〈俳句(と短歌)が同好者だけの特殊な世界をつくり、その閉鎖的な人間関係のなかで楽しむ「芸事」になっている〉(松本健一氏の選評より)にも通いあうものではないか。

この閉鎖の構造を「いやいや、そんなことはないよ、俳句も立派な芸術(個人の内面性を包摂することができる文学というような意味合い)だよ」という意見で切り崩そうとしてきた履歴を、俳句の評論は多く蓄えてきた。ところが、その累々たる言辞が功を奏して、俳句がそうしたムラ的な構造を脱出できたかどうかと問われれば、それは、なかなか首を縦には振りがたい。

この閉鎖の構造を「打破」ではなく、よりそいつつも、独自な方向へと書き進めて見せたのが、恩田侑布子の手柄の一つと言えよう。

恩田独自の方法とは、俳句の内部圧力のようなものを武器としてジャンルの壁を壊そうという方向ではなく、蓋然のものとしての俳句を人が求める理由、その彼方へとまなざしをひろげる姿勢にある。

選考委員の松本健一氏はこう述べる。
恩田さんは、戦後、日本の短詩型文学に衝撃を与え、いまもなお呪縛している桑原武夫の「第二芸術――現代俳句について」いわゆる俳句第二芸術論に対し、「俳人から評判が悪いこの論文がわたしは好きです」とのべる。それは、俳句(と短歌)が同好者だけの特殊な世界をつくり、その閉鎖的な人間関係のなかで楽しむ「芸事」になっている、という桑原の立論に基本的に同感しているからだ。「芭蕉の生涯の作一千句でさえ玉石混交です」とも。
にもかかわらず恩田さんは、桑原の俳句第二芸術論は要するに〈近代的自我〉による自己表現論である、と反論する。それは、一方で、高浜虚子の「花鳥諷詠」論に打撃を与えることができず、社会や時代と関わらない「屋上庭園」の歌をうたわせることになった。また他方で、水原秋櫻子の「自我肥大」派つまり「自意識がひとり歩きをはじ」める前衛俳句の流れを生みだすことにもなった、と。
選評「〈近代的自我〉の表現を超えて」より

〈近代的自我〉という包囲網に囲まれて、「おい、それでも芸術かよ」と言われてきた俳句。

それに対して、「おお、コレが芸術だ、文句あるか!」と切り返すのではなく、「ソレが芸術だというのなら、芸術じゃなくてもいいです」という切り返しかたである。それだけならば、すでに高浜虚子が言い放っているところではあろうが、芸術の芸術たるところを〈近代的自我〉に見定めたうえで、その向こう側での俳句の効能のようなものを解き開こうとしているところは、つまり恩田的。

このような意見が、仮に1980年代において出されていたとしても、これ程の評価はされなかったのではないか。つまり、みずからの表現行為の「芸術性」をひき出し、形式の可能性を極北まで見極めようなどという実験が行われていたような時代には、この恩田の意見は「そうカンタンに本丸を明け渡すなよ」と解釈されたかもしれないのである。

ときに、松本健一氏の認識はこうだ。
近代文学は基本的にビルドゥングス・ロマン――ふつう教養小説と訳されるが、正確には自己形成小説――の構造をもっているから、その「形成」された「自己」を見てくれ、つまり“look at me”(私を見てくれ)という性格をもっている。しかし、その私=近代的自我が社会を変え、組織を超えて存在するという文学幻想は、近代が成立した十八、九世紀ならいざ知らず、現代ではもはや容易に成立しない。
そこで、近代的自我のなれの果てであるミーイズムは、私はこっちのほうが好き、あるいは私は「違いがわかる」という趣味のレベルに陥ちこむのである。これによって現代文学は、音楽やポップアートやアニメの後塵を拝するようになった。
そういった現代文学の閉塞状況に風穴をあけるような作品が、恩田侑布子さんの『余白の祭』(深夜叢書社)という現代芸術論集・俳句論集だった。恩田さんが「余白」の思想いや美学として話題にしているのは、直接的には、俳句の世界である。つまり、〈近代的自我〉の自己表現の終わった「余白」の部分で、そのさきにどんな世界と時間がひろがっているかを伝えようとするのが、俳句だ、というのである
選評「〈近代的自我〉の表現を超えて」より

つまり、恩田侑布子の批評の志向は、近代的な方法によって行き詰まりを迎えている「文学」への、画期的な提言としてこそ評価されているのである。

今回の受賞の大きな要因も、俳句鑑賞における作品紹介によってではなく、また俳句の自律性などという形式論でもなく、まさしく現代人に必要な「俳句の効能」が示されていることにあるのだろう。

ともあれ、今回の異色の受賞は、俳句の「閉鎖的な」状況をうまく反転してみせた恩田侑布子の手腕と、そこを見逃さなかった選考委員の慧眼と、そしてその座標をあてはめてみとどけるにふさわしい現代の状況とが組合わさったところのものといえようか。

 

「blog俳句空間 戦後俳句を読む」において、筑紫磐井氏が「俳句四季」の記事の転載というカタチでとりあげているが、その注目点には共感した。

実は、この評論の中で、もっとも文が冴えているのではないかと思う文章なのである(そう思うのも俳句のムラにいるからなのかもしれないけれど)。

長谷川櫂についての論考である。
例えば、長谷川櫂が俳句を「宇宙の火掻き棒」というのなら、恩田は、長谷川櫂は「俳句形式という武家屋敷に仕官してしまった御家人」だろうと混ぜ返す。あるいは櫂の俳句技法として「~して」や「て」が顕著なことから生まれる俳句規範として、懊悩のない世界、個性を恥ずかしいと見る世界につながるという。こうした構造分析は私もしばしば使う手法だが、使い方によっては非常に効果的だ。恩田は長谷川の特質を「明け渡す自己」ととらえる。「古典に自己を明けわたしたところに、様式としての技術の向上はあるが、自己の励起はない。」は巧みな批評というべきだろう。そして「彼の非凡な言語感覚は、分節化されたことばの微妙な差異を嗅ぎ分けるのに熱心であり、ことばの湧き上がってくる見えない暗闇、すなわちカオスにはけっしてむかわない。」と結論づける。最後は、長谷川に質感の幻術師から存在の魔術師に変わって欲しいと結ぶのだが、実はこれは長谷川に無い物ねだりをしている痛烈な批判なのである。
【俳句時評】Bunkamura ドゥマゴ文学賞受賞!恩田侑布子/筑紫磐井


まことに痛快な恩田の姿勢であるが、それはそのまま個人批判に留まらない恩田の俳句観があるとみるべきだろう。

先述の選評の引用を見る限り、恩田は「自己を虚しくする」ことを志向しているように受け取られなくもないのだが、どっこい、そうカンタンにはおさまらない。どのようにカンタンにはおさまらないか、それは選評から引用するとしよう。
恩田さんによれば、俳句は〈近代的自我〉の自己表現が終わったところに天籟(てんらい)を聴く芸術である。として、『荘子』にある「昭氏の琴」のエピソードに言及する。――昭氏は琴の名手である。昭氏は力いっぱい、その琴を奏でる。それは〈近代的自我〉の完成に等しい。しかし、昭氏が演奏をやめたあと、天空=宇宙は全き混沌=諧調に満たされる。これが天籟(宇宙の音)である。それゆえ、「昭氏の琴」は宇宙に満ち溢れる混沌の中の「小さな成功の一音」にしかすぎない、と。
この『荘子』解釈は、昭氏はいちどに一曲しか奏でられない、という荘子論の権威、福永光司の解釈を超えてもいる。この恩田さんの『荘子』解釈に従えば、芭蕉の名句「閑(しずか)さや岩にしみいる蟬の声」も、岩にしみいるまでにひびく蟬の声(いわば近代的自我)のさきに存在する「閑(しずか)さ」を聴いたところに、芭蕉の偉大さ、そして俳句という芸術が存在することになる。
それゆえ、恩田侑布子の現代芸術論は、自己一個の「身体」と「環境」すなわち大いなる宇宙をつなぐところに、俳句という芸術を位置づけることになる。

これを恩田は〈身〉と〈環〉(わ)の文学と呼称する。

「写生」に偏ったままかえりみることのない昨今の俳句へ危機感を抱き、ともあれ、自己の表出をはかり言葉の履歴を個人的に更新してしまうような営みにも警鐘を鳴らす。この姿勢は、恩田的中庸とも言うべきものではないだろうか。中庸とは、「どっち付かず」という意味ではない。「どっちにも付く気がない」というほうがふさわしい。その姿勢からすると、長谷川櫂のカタヨリ方は明確に見えてくることにもなるのだろう。

同じ一冊の上では、摂津幸彦に対する論考が、ひとつの章を割いて述べられている。その多くの句は魅力的でもあり、またその論考は仏教から近代精神医学などまでを駆使する芳醇なものであるのだけれど、どうも恩田の思い入れが句の存在を上回って余剰であるように思えてならない。そういう余剰を読みこなそうとするにあたり、せっかくの本書の趣意がよろめきそうになるのが、個人的には惜しまれるところである。

〈身〉と〈環〉(わ)の文学については、ガイドラインとしては了解。また、偏向を斬るための中庸の快刀としての腕前も見せていただいた。ともあれ、では、その成果として挙げられている句群を読むにつけ、ううむ、はたしてこれがそうなのか、という観を抱かざるを得ない場面がある。また、中庸の清潔感がもたらすのか、前衛と位置付ける作品に関して、ちょっとキビシすぎるきらいもある。

しかし、これもまた、恩田の論考全体の情熱に比すれば、大きな問題とすべきことではないともいえようか。われわれは、この書の、見事な文体を楽しみながら、いつのまにか不思議と元気になってくるのを感じることができれば、まずは上々。

そののちに、この書が言葉豊かに仕上げた祭壇の向こう側の、その何も書かれていない〈祭の余白〉に、これから出会うべき未知なる一句を書き込もうかなあと自らに対して思い致せばよいのであろう。


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