2013-11-10

2013落選展を読む(1) 逆回転エコー 三島ゆかり

2013落選展を読む(1)
逆回転エコー

三島ゆかり


賞のために俳句やってるわけじゃないし、と逃げ回っているうちに俳句を始めて19年も経ってしまった。皆さんの句を読ませて頂きながら、これからの自分自身のことも考えてみたい。


1 神山朝衣「遠道」


総じて切れに重きを置かない作り方で、平明に日常を綴っているが、私などはもうちょっと言葉を泳がせてもよいのではないかと感じる。春夏秋冬で配列しているのに「寄居虫」の次に冬の季語である「豆撒き」があったり、「更衣」の次に「鯉のぼり」があったりするのは気をつけた方がいいだろう。

片付けの歌のはじまる目高かな 神山朝衣

取り合わせの句である。目高の直線的な動きと、きびきびあってほしい片付けが響きあっている。おのずとお子さんの年齢も想起される。

灯されて草の暗さの花野かな 


「灯されて」を電灯ととらえる読みももちろん可能だが、「草のくらさ」というからには草でない部分は明るいのだろうと思うと、夕暮れの花野の花がぼんやりとあたかも灯っているようだ、と読みたい。玄妙な句ではないか。

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黒木韻石「ライム」

自ら〈天の川詩(ポエム)は韻(ライム)響きけり〉と宣言している通り、語呂合わせが多くを占める。産土神:うすむらさき、蕨飯:廻蹴、古備前:五次元、桃源郷:通せん坊、バーボンと:アーモンド、…の類である。

俳句で音韻というと子音を繊細にあしらったものが多いのだが、この作者の場合、西洋詩や漢詩のように母音で韻を踏んでいるところに特徴がある。

ただ、語呂合わせでない句とどう折り合いをつけて行くかで、作戦不足だったのではないか。特に前半でリズムに乗れていない気がする。産土神:うすむらさきと「若菜かな」はいい。そのあいだの「ぬばたまの」「あかねさす」で違う方向を印象づけることになってしまったのがいけないんじゃないか。

後半、〈Googleでのぞくルーヴル秋季展〉〈アトリエに遊女(あそびめ)とゐて歌麿忌〉〈宗鑑忌鳩ふと人の陰へと屁〉あたりのたたみかけはそうとう楽しい。

天の川詩(ポエム)は韻(ライム)響きけり 黒木隕石

もちろん波郷の「霜柱俳句は切字響きけり」を踏まえているのだろう。波郷句は「響きけり」とはいうものの、構造重視で音そのものは捨て去っている。それに対し作者は音そのものを天に返すと言っているのである。

古備前に五次元のある暑さかな 

「五次元」俳句というと正木ゆう子の〈はつなつの馬五次元をこころざす〉があり、馬の首、前足、後ろ足が座標軸のように広がって行くのを思い浮かべるのだが、対して本句の場合、音韻の方角から古備前:五次元を配合しているので、視覚的にイメージしようとしても訳が分からない。暑さの中で時空を超えて存在する古備前に思いを馳せよう。

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嵯峨根鈴子「今朝のバス」

歳時記を読みこなしていらっしゃるのか、絢爛な季語が楽しい。桜うぐひ、花あふち、御器噛り、胡麻斑天牛…。〈さかさまに雲浮いてゐる梅日和〉〈ミシン目に峠ありけり色鳥来〉に正木ゆう子の〈春の山どうも左右が逆らしい〉〈地下鉄にかすかな峠ありて夏至〉の影を感じて少し疲れてしまうのは読者である私の側の問題か…。

残像を先にたたせて御器噛り  嵯峨根鈴子

音楽録音をアナログで行っていた頃には逆回転エコーという技法があった。テープを逆回転で再生させてエコーをかけたものを、順回転に戻すと実音よりも先にエコーが現れる特殊な効果で、サディスティック・ミカ・バンドの「颱風歌」や矢野顕子の「ト・キ・メ・キ」ではじつに面白いサウンドとなっていた。残像を先にたたせるゴキブリというのも、DNAに刻まれた先験的なおぞましさを感じさせる。

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佐藤文香踊る子ども」 

「くだらない」「その辺の」「雑に」「笑つておけば」などの表現を眺めながら、もしかしたら「作中主体」という概念を俳句に取り入れた最初のビッグネームは三橋鷹女だったのかも知れないと思った。

鷹女が〈夏痩せて嫌ひなものは嫌ひなり〉〈つはぶきはだんまりの花嫌ひな花〉などを詠みつつ、〈暖炉灼く夫よタンゴを踊らうか〉〈しんじつは醜男にありて九月来る〉を詠んだように、この作者も伝記的事実なのか定かならざる恋の句を詠む。

葉桜にいつの風かがくる狂ふ 佐藤文香

後半のk音を多用した二、三音の言葉のたたみかけがすばらしい。じつに情緒不安定な感じがする。暑苦しい季語の斡旋もよい。

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澤田和弥草原の映写機」

掘り進むにつれ死の含有量が増え、たどり着いた鉱脈は寺山修司という構成になっていて、修司忌十七句が圧巻である。

時計塔奏ではじむる春の月〉〈彼岸会や二十分から天気予報〉〈ひとつづつ時計を壊す春の月〉〈修司忌や時計殺しは月殺し〉を点在させることにより、刻々と時が刻まれる組み立て方もじつによい。

白魚に透けぬ命のありにけり 澤田和弥

白魚というと〈白魚のさかなたること略しけり 中原道夫〉をまず思い浮かべるのだが、本句ではそこに透けぬ命を見ている。冷徹な写生句としても確かであり、やがて歳時記に残るだろう。

花の夜のいとしづかなる死産かな 同

静謐にして万感の句である。五十句のほぼ中ほどに重心としての役割を担っている。付き過ぎだという人もいようが「花の夜」が不動だ。

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杉原祐之「カナダ」

「カナダ」という題なので、カナダなのだろう。寒冷地らしい趣が感じられる。ショッピングカートの句が二句あるとおり、そのような日常を平明に綴っている。

秋耕の一往復に日の暮るる 杉原祐之

広大な農地なのだろう。「一往復に日の暮るる」が言い得て妙である。

音もなく吹雪となつてゐたりけり 同

彼の地の気候への驚きがそのまま切り取られている。「けり」によって、瞬間冷却のように鮮度が永遠に保たれている。

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