2013-12-29

俳句の自然 子規への遡行25 橋本直

俳句の自然 子規への遡行25

橋本 直
初出『若竹』2013年2月号
 (一部改変がある)

≫承前  01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24


前回に続いて、子規の「時鳥」句について検討する。「俳句分類」との差異ということで考えると、大きく分かりやすい部分は、いうまでもなく近世にはなかった近代の事象との取り合わせ(配合)である。

交通機関(傍線引用者)

a 都まで幾行帰り子規   明治23
b 郭公馬車や車の広小路   25
c 時鳥表は馬車のひゞき哉   27
d 時鳥君がを呼び返す   29
e 時鳥上野をもとる汽車の音   25
f 踏み切りや戸をしめられて鵑   26
g 我庵は汽車の夜嵐時鳥   26
h 汽車道の丹後へ鳴くや時鳥   27
i 木曽路にも鉄道かけたか時鳥   27
j しまひ汽車に乗りおくれたか時鳥   30

a句については、ここに上京と帰省のニュアンスが織り込まれている印象があったので入れた。b~d句は馬車と人力車を詠んだもの、e~jは汽車を詠んだものである。子規の汽車の句については、既に本連載の第三、四回で触れてあるので参照されたい。これらの句は、いかにも明治に到来した近代文明の風景にふさわしいものである。では、それらとホトトギスの取り合わせは、どれほど効いているのだろうか。

まず、前回触れた故事由来の、血や死のイメージがここにはないことを指摘しておきたい。比較的そのような意味での伝統的な歴史性を纏わない、いわゆる「写生」的な句群である。そして基本の枠は、もちろん自然と文明のとりあわせということになる。その対比の付き具合が句の善し悪しを決めることになるだろう。

やはりホトトギスは、あまりみられない姿よりよく聞こえる声を中心に詠まれがちであり、真夜中にも鳴くことがある点もその特徴の一つであろう。そうすると、馬車や人力車の句b、cは、通りの表と裏を境に、文明と自然の世界が対比されているように読める。この場合、子規の意識の中での表は西洋文明が世の中を牽引している世界であり、あるべき人間の居住空間は、裏の自然側にあると思っていたように思われる。しかしそこでは、馬車程度の音ならばともかく、汽車の音は暴力的に表から裏へ簡単に越境してくるし、昔は自由だった往来を遮断もする。また、fやgの句は、ひどくネガティブな句ではないものの、そのことへの違和感が素直に句に表れていると思う。そして、hやi句では、その事象が国中へひろまってゆくことを、あたかもホトトギスが地域にちらばったレポーターになったかのような詠みぶりで句にしていくのである。

②文物一般

a ラムネの栓天井をついて時鳥   明治24
b ほとゝきす其声入れん蓄音器   25
c 軒らんぷ店は閉ぢたりほとゝきす   26
d 時鳥寒暖計の下りぎは   26
e 夜を眠る薬つれなし子規   26
f 時鳥横町横町の巡査哉   27
g ホトゝギス月ガラス戸ノ隅ニアリ   33
h 時鳥闇の神戸のともしかな   27
i 横浜の阜頭の崩れや時鳥   27

交通以外にも、明治後の文物で素材として新しいものはいくつもあっただろう。a~gの「ラムネ」、「蓄音機」、「らんぷ」、「寒時計」、「夜を眠る薬」(睡眠薬と解しておく)、「巡査」、「ガラス戸」は、いずれも近世にはポピュラーなものではなく、いかにも近代を感じさせる語群といって良いだろう。総じてこれらの句は、西洋の小文物に焦点化し、その新しさに面白味を感じて句に仕立てているという以外に、これといって見るべきものがないように思われる。

また、hの神戸、iの横浜は、子規が船で帰省する時には必ず通ることになる港であるとともに、いずれも西洋近代文明の玄関口であった。これらの句はその新しく慌ただしい場所とホトトギスの取り合わせに見るべきものがあろう。

③時事

a 名乗れ名乗れ議案の数を時鳥   明治27
b 時鳥島田三郎斬られたり   27
c 時鳥将軍山を出でゝ来る   27
d 時鳥六派の勝を名のりけり   27

これらはいずれも同じ年に詠まれた時事句である。子規は編集を任された新聞「小日本」で貴族院と衆議院の「随分録」を掲載しており、そこに時事句をいれた。いずれも政治事件を扱う意味で、歴史的事実が忘れられれば、意味がわからない句になり得る。その他に、「月並は何と聞くらん子規」(明治二六)も、「小日本」初出で、「ある俳人に対して」と副題がある。月例の意の「月並」を旧派批判の用語として用いたのは子規である。これもその一環であろう。


0 コメント: