2013-12-22

SUGAR&SALT 06  手を筒にして寂しけれ海のほとり 三橋敏雄 佐藤文香

SUGAR&SALT 06 
手を筒にして寂しけれ海のほとり 三橋敏雄

佐藤文香

「里」2010年9月号より転載



昭和衰へ馬の音する夕かな   三橋敏雄
鬼赤く戦争はまだつづくなり
鉄を食ふ鉄バクテリア鉄の中

句集『真神』は、この三句で始まる。

私は静かに驚き、驚き続けた。なにか覚悟のようなものが伝わって来たのだ。事柄や描写のうまさや面白さで勝負するのではなく(いや、巧くて、巧いと言う隙すらないのだ)、言葉の持つ世界の内側に言葉で攻め込んでいると感じた。

句集名『真神』とは、狼の異名らしい。「古ヘハ、狼ノミナラズ、虎、大蛇ナドヲモ、神ト云ヘリ」と『大言海』に解説されているという。かっこいい。

絶滅のかの狼を連れ歩く   三橋敏雄

もう絶えていない種の狼だが、魂はしっかりとこの現世にあり、魂はちゃんと狼の形をして地に足をつけて落葉を踏んで、人とともに歩いているようなリアリティがある。連れて歩いているのは、原初の神のようだ。神となった三橋敏雄かもしれない。

『真神』の後記は短く、『まぼろしの鱶』の後記の約7分の1の量だ。『まぼろしの鱶』は三十年間の、『真神』は九年間の作品であることを考慮しても、かなりの差である。内容は、制作年と句数、タイトルの意味程度。

比べて『青の中』『弾道』『まぼろしの鱶』の後記は、それ自体が読み物として重要で、長い。新興俳句運動や、戦火想望俳句について、また自らの師について、記しておく必要があったからだろう。その時そこにいたこと、その渦中で作品を作ったことを語らなければならないという、歴史の証言者としての役割を、敏雄は自任していたのだと思う。

その意味で、実質一冊目の句集である『まぼろしの鱶』は、一人の作家として出発するために、それまで三十年間の作品を振り切る句集だった。そして、二冊目『真神』では、作品のほかに語るべきことがなくなり、作家としての本来の力を自在に発揮できるようになったのではないか。

居る船は白い大きな黴の船   三橋敏雄
色白の蛾もこゑがはりしをふせり
孤つ家に入るながむしのうしろすがた

人間が人間の視線で物を見ていては書けない句が並ぶ。場所も、物も、現象も印象も、俯瞰してそれぞれに意義を与えている。

神だ。かっこいい。

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