2014-01-19

【週俳12月の俳句を読む】時代を遡ると…… 三木基史

【週俳12月の俳句を読む】
時代を遡ると……
 

三木基史


初木枯表札に父生きてをり  石 寒太

時代を遡ると、表札が一般住民にまで普及したのは関東大震災がきっかけのようだ。震災により住む場所を変えたり、住民の安否が不確かな中で、表札に掲げられた姓名は「生」の証であった。掲句は表札に名が刻まれたままの亡き父を懐かしむ者の景。今年初めて吹く木枯が作者の思いを強めている。


皿洗う水は流れていなびかり  五島高資

お皿を洗っている時の水の流れに着目して作品に仕立てたところが面白い。いなびかり(=稲光)は稲の実る季節に多い雷光。秋に雷光が多い年は豊作だと信じられていたそうである。飽食の時代に作者は流れていく水を眺めながら淡々と皿を洗う。その行為とは無関係に、しかし確実に視野の範囲にある雷光。現代的な素朴さに好感。


蛇の目に鏡は眩し過ぎないか  柿本多映

鏡の語源に迫る作品。「カカ(へびの古語)のメ」から「カガミ」に転じたという説は有名。鏡はご神体として祀られることが多いが、鏡はそもそも姿を映すためのものではなく、太陽の光を集める(反射させる)ためのものであったらしい。こうして読み解いていくと、この作品の面白さに気づきはしないだろうか。


海原は覇者のしづけさ寒夕焼  奥坂まや

実際に夕焼の頃の海を眺めたことはあるだろうか。海面を滑るように広がる光は大海原を白く染め、夕陽の紅は力の象徴である覇者を確かに想起させる。白い海原は大きな波の音を立てているはずだが、その神々しさ故に、覇者の醸し出す圧倒的な静けさを纏っているようにも感じられる。海の大きさと力強さを表した比喩、それと対照的な寒夕焼。スケール感が魅力の作品。


第345号 2013年12月1日
石 寒太 アンパンマン家族 10句 ≫読む
高崎義邦 冬 10句 ≫読む

第346号 2013年12月8日
五島高資 シリウス 10句 ≫読む

第347号 2013年12月15日
柿本多映 尿せむ 10句 ≫読む
小津夜景 ほんのささやかな喪失を旅するディスクール 20句 ≫読む

第348号 2013年12月22日
奥坂まや 海 原 10句 ≫読む

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