2014-03-30

今井杏太郎を読む1 麥稈帽子(1)

今井杏太郎を読む1
句集『麥稈帽子』(1) 
                                                                                
知子:茅根知子×大祐:生駒大祐×:村田篠


●今週号から「今井杏太郎を読む」というコーナーを始めたいと思います。

そもそもは、生駒大祐さんと村田の間で話がまとまり、もうひとり、「魚座」1年目から杏太郎(1928 - 2012)に教えを受けた茅根知子さんにも加わっていただこうということになりました。

生駒さんは杏太郎に直接会ってはいないのですが杏太郎の大ファンであり、茅根さんと篠は「魚座」終刊まで在籍しましたので、「結社」の外と内の両面から杏太郎の俳句に接近し、その魅力を読者の方々にお伝えできれば、と期待しています。どうぞ宜しくお願い致します。

知子大祐●宜しくお願い致します。

●杏太郎は生涯に5冊の句集を出していまして、古い方から順に、第1句集『麥稈帽子』(富士見書房・昭和61年刊) の春の部から読んでいきたいと思います。まず、好きな句を挙げていきましょうか。知子さん、お願いします。


◆あそぶ老人◆

知子●私は

老人のあそんでをりし春の暮

を挙げます。杏太郎の俳句には「老人」がよく登場しますが、「魚座」の句会のとき、私は一切いただきませんでした。偉そうな言い方で申し訳ないのですが、うまい句だなと思っても好きになれなかったんです。当時の私にとって「老人」はただの暗くて乾燥した爺さんでした。

でも時が経って杏太郎の句集を読み返してみると、あのときの爺さんが、なんだか別のものに見えてきました。老いた人ではなく気高さや矜持を持っている人、年齢とか性別といったカテゴリーを超えたまったく「別枠の人」なんだと思いました。

そうしたら、今までとは違ったものが見えてきて「あそんで」のひらがなとか、「をりし」の時間を無視した表現に惹かれ、「春の暮」の切なさが心地よく沁みて好きになりました。

生駒くんは、先生の老人の句をどう思いますか?

大祐●自分の方へ引き寄せてはまだ読めないのですが、素材として老人が否定的ではなく使われているのが面白いと思います。この句の老人は別に暗くないですよね。

●むしろ明るい感じがします。

大祐●でもこの句は意外にむずかしいです。「あそんでいたる春の暮」だったらいま目の前の老人があそんでいるということですが、「あそんでをりし」では時間の倒錯がある。「をりし」で一旦過去に行くのですが「春の暮」は俳句内時間で、現在の春の暮が目の前に浮かびます。そこに屈折、ひねりがありますね。

知子●私もこの句を見て過去形だと思いません。現在形か、むしろ未来の姿のようにも思えます。そういう意味では、文法的な形と実際に感じるものの間に違いがあって、面白いですね。

大祐●杏太郎さんの「し」とか「き」の表す過去を単純に過去と読めない、ということはあって、この句集の最後の句〈先生の眠ってをりし蒲団かな〉も、必ずしも絶対的な過去というわけではないです。

知子●過去ではないですね。石塚友二先生の亡くなったときの句です。

大祐●このへんが、杏太郎さんの独特の感覚が効いている句だなと思いました。必ずしも文法通りというわけではなく、言葉の与えるひとつひとつの印象についてうまくコントロールするところがあるような気がします。

●「あそぶ」という言葉の選び方もあるでしょうね。イメージに広がりがある。杏太郎はわりに「あそぶ」という言葉をよく使っていて、この句集の中にも〈稚魚さんとあそんで茅花流しかな〉とか〈さまざまな冬の木を見てあそびけり〉という句がありますが、「あそぶ」と言いながら具体的にはなにも書いてなくて、明るい空気感だけがあります。漢字で「遊ぶ」と書くときに思い浮かべるものとは違うものを感じますね。

大祐●描写する方ではないですね。輪郭を捉えるというか。老人が何をやっているかというのが重要というよりは、現象として何が起こっているか。

杏太郎さんがご自分の句についてよく「実際にそうだったから仕方がない」というような言い方をされるのは、理がつかない、理に落ちない、ということだと思うんです。「老人があそんでいる」というのが、書き方によっては、社会的な意味合いを持ったりするような、僕が思う「俳句における不純物」みたいなものがなくて、言葉と、それの与える印象だけで構成されているようなところが気持ちいい句です。

知子●だから「あそび」がひらがな表記なのかな、と。

大祐●「老人」という大きな範疇を「あそび」という言葉でちょっとだけ狭めてあげる、という効果がこの句にはあります。

知子●この句から春野の遠景をイメージします。老人かどうかも分からないくらい遠い景。そこに誰かがあそんでいる。杏太郎が詠んだ実際のところはわかりませんが、ようやくこの句を好きになれました。


◆時間感覚のスパンが長い◆

大祐●僕がいいと思ったのは

日の永きころを信州高遠に

です。

杏太郎さんの句の面白さは調べを大切に考えるところ、それから、パッと見の印象ではあたかも内容が無いように見えるけれど、なぜか心に残るところだと思っています。『麥稈帽子』は杏太郎さんの俳句がまだそこまで完成されていないころの句集だと思うのですが、この句には衒いが少なく、目に見える仕掛けがない、という意味で、晩年の句の片鱗があるように感じます。なんでもない感じが好きでした。

それから、「を」の使い方ですね。「日の永きころの信州高遠に」にしてもほぼ同じ意味なのですが、「を」にすることで違う感じが出ています。この「を」は俳句的な、テクニカルな「を」だと思います。この流れの中では、ふつうは「を」を使わないような気がします。

知子●「日の永きころに」でも意味は通じるんですね。モノに対してではなく、時間に「を」をつけています。省略でしょうか。

●「に」にすると、そのあとに例えば「行った」というようなひとつの行為しか続かないけれど、「を」にすることによっていろいろな含みや広がりが出ますね。

大祐●あえて分析するならば、「日の永きころに」とすると「信州高遠に」の「に」と被るので、調べとして危うい。また、「日の永きころの」とすると、原句と調べはほぼ一緒ですが、今度は切れの観点からみて「信州高遠」と接続が強くなりすぎる。そうすると、調べ、切れの両方の観点から見て、軽い切れを生む「日の永きころを」となる、という感じでしょうか。

それから、地名です。僕が杏太郎さんの句に興味を持ったきっかけのひとつが、角川俳句の震災詠特集に出されていた〈それも夢安達太良山の春霞〉という句でした。「よく眠り、よく食べて、元気になって下さい。」といったコメントが書いてあって、これはすごい人だなあと思ったことがあったのです。

「安達太良山」の句はこの句集にもあるのですが、地名にこだわりのある人なんだろうな、と思います。「信州高遠に」というのは、響きがすごくいいですよね。言葉として美しいと思います。

知子●この句、季語は「日永」ですよね。これを「日の永きころ」と引き伸ばすことについてどう思いますか?

大祐●僕はもともとアリでしたね。「日永」が七十二候などで決まっている言葉ならしょうがないですが、「日永」は気象現象として日が永くなったということなので、引き伸ばして言うのはアリだと思います。

知子●「日永」をまず「日の永き」と伸ばして、さらに「ころ」をつけるという、これは良くも悪くも先生の句の特徴というか、つっこまれやすいところだと思います。

●杏太郎は「ころ」をよく使いますね。時間の輪郭をわざわざ曖昧にするというか。

大祐●杏太郎さんの句には「時間の幅」というのがあって、「日の永きころ」も時間感覚としてスパンが長いですよね。1日だけのことではなくて、数日分の時間感覚のようなものが出ています。ある瞬間を切りとるのではなく総体として詠むというか。言葉の選び方に、時間を引き延ばそうとするところがあるんじゃないでしょうか。杏太郎さんのよく使われる「夕暮れ」という言葉もそうですね。

●そうだと思います。杏太郎が句会で言ったことでよく覚えているのが「俳句における空間、というふうにみなさんよく言いますが、俳句は時間だと私は思っています」といった主旨の言葉でした。そのときはあまりピンとこなかったのですが、今になってみると分かるし、影響も受けていると思います。

大祐●あえていうならば、「ひ」で始まって「しんしゅう」の「し」、最後が「に」で終わるので、調べがよいのではないかと思います。

知子●意図的かどうかは分からないですが、リズムや調べ、軽い切れを気にかけているからなんでしょうか。

●身についてしまっているんでしょうね。

大祐●反射神経があるというか。

知子●日の永き頃の気持ちのいい句ですね。この1句だけを取り上げるとちょっと弱いかもしれませんが、句集の中に置いたとき、居心地の良さみたいなものをこの句は持っているかもしれません。

●私は、一番気になったという意味で

白鳥を離れし春の氷かな

です。もちろん好きな句でもあるのですが。

知子●白鳥と春の氷って、よく併せましたね。

大祐●もっと言うと、白鳥だし春だし氷だし、ですよね。

●この句集には〈氷る田を走りて春の玉霰〉という句も入っていて、よく似たつくりかただなと思います。

ふつうだったら、これだけ季語を突っ込むとどこに重心があるのかわからなくなって、ごちゃごちゃな印象になってしまいます。それにもし「白鳥」と「氷」だけだったら、白鳥も氷もじっと動かない景になるので、単にくどいだけの冬の句になると思うんです。でも、「春の」を入れたことによって句の中に動きが出て、冬から春への季節の移り変わりが一瞬見えるような、春がポッと風景の中に生まれたような印象の句になったと思います。

大祐●この「離れし」はかなり抽象的ですよね。具体的に書こうと思えば、いろんな書き方ができると思います。

知子●私は水の上を離れていったのだと読みました。

●私もそう読みました。杏太郎にしては要素が多いですよね。晩年の句にはこういう句はあまりないので、初期ならではの句という面白さがあります。

知子●晩年だったら、この「離れし」はないかもしれないですね。

大祐●または「かな」がなくて、〈白鳥を離れてゆきし春氷〉とかになるかもしれない。

●それだとまた印象が違いますね。私はむしろ「春の氷かな」という引き延ばしに杏太郎らしさを感じます。

大祐●氷というのは動かないものですが、春になると緩んで薄くなって動きが生まれるわけですから、「春の氷」に「離れし」を使うのはイメージとしてしっくりくる使い方をされています。そして、止まっていた白鳥も動き始めますね。

知子●「春の玉霰」の「春」の使い方も独特ですよね。先生の匂いはします。「離れし」は、使い方によっては説明っぽくなったりすることもある言葉ですね。

●でも、この句ではあまり具体性を持たない使い方をされていて、いい具合だと思います。そういえば、「離れし」もそうですし、「氷る田」の「走りて」もそうですけれど、どちらもモノを主語にした擬人法で、杏太郎にはめずらしいです。


◆「切れがない」ということ◆

大祐●お訊きしたことがあって、

ゆつくりと歩けば桃の花こぼれ

という句があります。連用形で終わっていて、ふつうだったらこの句には切れがないわけじゃないですか。こういう、「切れがない」ことについて、魚座の句会では言及はあったのでしょうか。僕はわりに「切れがないので良くないね」というふうに言われるのですが。

知子●切れが「ない」ことで何か言われることはありませんでした。むしろ「や」は強すぎるとか、切れが「ある」ことで添削されることはありましたが。この句にも「切れがない」ことをそんなに感じません。

●私も「切れがない」ことを指摘されたことはないです。

この句は「歩けば」と「こぼれ」が原因結果になっていないですから、私は「歩けば」のうしろで無意識に少し切って読んでいるような気がします。

大祐●内容的には因果関係がないので「歩けば」のうしろに大きな崖があるんですが、型だけを見れば短歌的な感じでうしろに続きかねないような気がします。

杏太郎さんは、たとえ切れがなくても、そこで引っかかるような句作りはされない人だという気がするのです。僕は、「型として不自然ではないけれど変なことを言っている」(笑)ような句が杏太郎さんの俳句だと思っているので、この句は、変なことを言っていて、型としても少し違和感があるというか、まだ完成型じゃないのかなという気がします。

知子●杏太郎が聞いたら喜ぶでしょうね(笑)。変なこと言っている、なんて。

大祐●例えば「ゆっくりと歩けばこぼれ桃の花」とすると切れができます。

●逆にそういう形にすることを避けているのかな、という気がします。下五の名詞に収斂して終わるような句は、杏太郎には意外に少ない。「桃の花」そのものより「桃の花がこぼれた」ことに意識が動いているな、という感じもします。

知子●ズラすんですよ、そのへんを。

大祐●あと、わりと変わっているなと思ったのは

風船の離れたる手をポケットに

です。これも切れがない。

知子●手を降ろすのではなくポケットに入れた思い切りの良さが、「あきらめなさい」と自分に言い聞かせるさびしさに思えて、私もこの句は好きです。

大祐●つぶやきっぽいのですが、ふつうに上手いですよね。この「離れ」も「白鳥を」の句と同じように自動詞で、自分がどうしたではなくて、起こったことだけを抽出しているつくり方です。

知子●そういえば、杏太郎は他動詞はダメと言っていました。「水を流して」ではなくて「水の流れて」にしなさい、と。他動詞を使うとだいたい直されましたね。

そういえば、この句の「ポケット」はめずらしいですね。杏太郎はカタカナが嫌いでしたから。

●地名を使うことはありますが、カタカナのモノを俳句に使うのはめずらしいかもしれないですね。

知子●人工物、ビルとか鉄塔とか、鉄でできたモノも嫌いでした。あと「リュック」はダメで、「リュックサック」にしなさい、と。言葉の省略にもうるさかった。

●でも「リュックサック」では文字数が多くなってしまう。

知子●だから結局「使うな」ということだったんでしょうね(笑)。

こだわりといえば、この句集に

流木と海苔採舟とゆき違ふ

という句があります。杏太郎は「流木」にとてもこだわっていて、砂浜に打ち上げられている木を「流木」と詠む人が多いけれど、あれは流れていないから流木ではない、と言っていました。この「流木」は確かに流れている木だから、杏太郎の言う正しい「流木」です。

この句は『自註現代俳句シリーズ』での杏太郎の文章が感慨深くて、印象に残っています。

●読んでみましょうか。

「戦後間もない頃、父も母も木更津で死んだ。棺と薪を乗せたリヤカーを火葬場まで曳いて行ったが、そのときは誰に会うこともなかった。」

杏太郎の来歴を伺うことのできる一文ですね。ちょっと切ない。

知子●こういう背景があると普通は前書きをつけたくなりますが、杏太郎は一切前書きはつけませんでした。句の説明をしない、気持ちをわかってほしいなどと思わない、そこに俳句の潔さみたいなものを感じました。


◆「人」とは誰なのか?◆

大祐●あとは

雲を見てをり春の雲ばかりかな

という句です。「をり」で一度ちゃんと切れて、また「かな」で切れがある。こういうつくり方、ほかにも何句かありますね。

知子●「空を」じゃないんですか、と言う人がまずいると思います。

大祐●当たり前だという批判を、あたかも待ち構えていたかのように作られているんです。ふつうの日本人だと「空を見てをり」です。

知子●「雲を見てをり」だとぐんぐんとフォーカスされますよね。雲から春の雲へ。そこにはちゃんと考えがあったのだと思います。

大祐●この句は杏太郎さんの「かな」について考えるきっかけになった句なんです。蛇笏などが「かな」を使うと格調高くなったりするのですが、杏太郎さんはわりと軽く使いますよね。一句の重心をどこかに傾けすぎないようにしているのかもしれないという気がします。

知子●詠嘆ではなくて、ふにゃっと詠んだという感じでしょうか。杏太郎には「かな」の句が多いと思いますよ。名詞止めにもできるのにわざわざ「かな」で終わる句があります。何かあるんでしょうね、重心をとるためのなのかどうなのか。



雪解けの大きな山を見てをりぬ

という句も気になります。好きな句ですし、魚座ではよく見られた型なのですが、「大きな山を見てをりぬ」というのは、生駒さんから見てどうでしょうか。「小学生の句みたい」と突っ込まれそうでもあって。

大祐●この句も変な句ですが、その「変」は言葉の距離感の上手さから来ているのだと思います。「大きな川を見てをりぬ」だと「雪解け」と「川」が近いです。そこを「山」にしてバランスをとっている。「雪解けの山」って意外に当たり前じゃないですよね。

●確かに。そしてそれを「大きい」と感じることもわりにめずらしいことかもしれないです。

大祐●いろんなものが省略された結果としてこれが残ったということだと思います。杏太郎さんの句は季語が句の中心に座っていることが多く、下手するとベタベタの句になってしまうところを、季語がちゃんと空気感として生きている。そういうところが好きですね。

知子●これは「雪解けのころの」ということなんでしょうね。雪解けのころの全体感が出ています。

●ほかにランダムに挙げると

山あいを流れてゆきし春の川

とか。春じゃないといけないのか、というのもありますが、もっと突きつめると「春の川」って何だ?と考えてしまうようなつくりかたをしています。

大祐●春の川といえば

春の川おもしろさうに流れけり

というのもあります(笑)。これも完全に擬人化で、どうなんだろう、と。面白味ということでいえば好きなんですけど。

知子●「楽しさうに」ではなくて「おもしろさうに」なんですね。

春じゃないといけないのか、というところで言うと、

人のゐるところに春の水たまり

でしょうか。夏でも秋でもいいのかな、と思って入れてみると、やっぱり春なのかな、と納得するところもあります。

大祐●あと、「人のゐるところ」ってどこだよ、「人」って誰だよ、というところですね。基本的に杏太郎さんは「広い」名詞を使います。

●「人」は私も魚座に入ってから使うようになりましたが、ふつうはあまり俳句で使わないですね。

知子●私も「人」の句は多いです。誰のことも、親戚一族も全部「人」です。具体的な人称にするよりも「人」が持つさびしさみたいなものが好きですなんです。それにしても、この句は「水たまり」しか残りませんね(笑)。

●ゆっくり読んでゆくと、1句1句にひっかかってしまいます。

知子●ツッコミどころ満載(笑)。そして何か言えば杏太郎からツッコミ返しがくるでしょうね。実際の情景には、雨が降った、水たまりができた、という時間や意味があったと思います。それをぐるぐるぐるぐる考えて反芻した結果、すとんとこの俳句に落ちたんだと思います。

大祐●でも、感覚的につくるというわけでもない。理屈を排していって残った結晶、かたまりがこういうものだという感じです。

杏太郎さんの句の中には嘘の景がない。実際に目に浮かぶし、空想とかではなく実際にある景なんだけれども、言葉の上では不思議なものになっている。そのへんがすごいなと思います。その方法論を発見したのがすごい。

●こういうつくり方は、やはり杏太郎の発見なんでしょうか。

大祐●そうだと思います。この連載の中で、それらの「発見」をたくさん発見できたらよいな、と思います。

3 コメント:

大江進 さんのコメント...

今井さんの句は好きだし句集も購入してますが、上の記事中で「流木」の話に一言。洪水等で「流出した」樹木や、それが川岸や浜辺に「流れ着いて」打ち上げられたものを流木と一般的に言います。げんに漂流しているものでなければ流木ではないという今井さんの主張はちょっと強引すぎるのではないでしょうか?

茅根知子 さんのコメント...

大江進様

記事をお読みいただき、ありがとうございます。
確かに、杏太郎は句会の席で「ええ? それは違うんじゃない?」ということを口にすることがありました。しかしそれは、主張するのでもなく強要するものでもありませんでした。
杏太郎自身がそう考えた自分自身への「取り決め」であって、自分に言い聞かせていたのかもしれません。それを大切にしたかったのだと思います。
実際に私は、杏太郎がダメとかキライと言った表現や言葉を使って俳句を作っていました。不肖の弟子と言ってしまえばそれまでですが、それでも杏太郎は知子の俳句としてみてくださいました。
私にとって杏太郎は絶対の師であり、かけがえのない句友でした。師の教えをいただき、けれど句友として意見をぶつける私を、杏太郎が押さえつけることはありませんでした。
そういう背景があり、鼎談では自由に私の言葉でエピソードをご紹介しました。

大江進 さんのコメント...

茅根知子様
 了解です。記事にコメントしてもほとんど反応がないことが多いので、その点でもうれしいです。私も俳句を作ってます。よろしければ下記のブログをどうぞ(木工が主ですが、ときどき俳句の記事ものせてます。)http://e-o-2.com/blog/