2014-04-06

俳句の自然 子規への遡行29 橋本直

俳句の自然 子規への遡行29

橋本 直
初出『若竹』2013年6月号
 (一部改変がある)

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前回書いたように、子規は音(=声)の配合する対象について、①「聲と配合する者」、②「形と配合する者」、③「事と配合する者」の三種類があるとし、①の声(音)と声(音)の配合は陳腐になりやすく、②の声(音)と形の配合は、鳴いた生物の形とそれ以外の形、それ以外の声(音)でバリエーションがあり、③声(音)と事の配合は、②の形の配合もその中に含まれ、かつ幅広い配合が可能になるので、「今時新派の傾向は總ての物に事を配合するを以て常手段とす。」といい、これなら陳腐にならずにすむという。

この時子規がいう③の「事」は、「物事」と「出来事」の両方が含まれている。前回引いた句、

 床敷いて鹿を聞く夜の友もなし 昌平

 時鳥筍を折る其時に      成美 

を見ても、床を敷くことや筍を収穫している最中という動作を含む内容を「事」の配合として見ていることは明瞭である。つまり、いわゆる蕉風の取り合わせと同様で、配合する対象領域は他とくらべて格段に広いことになり、そして現在の俳句の大多数もその流れの上にあり、合理的には子規の言う通りだ。しかし、本稿の主文脈とは離れる問題になるが、句が陳腐にならずにすむかどうかは、そのようなことだけで決まる問題でもないだろう。このことは、そもそもなぜ子規が俳句の分類をはじめ、継続したのかということの機微にも関わると思うのだが、いずれ別に取り上げて検討してみたい。

さて、子規は時鳥と鹿の他、この例として千鳥、蛙、鐘、鉦鼓、琴、三味線、鉄砲、砧の例句をあげているのだが、思いつくまま書いたせいか、どういうわけか蟬の句がはいっていない。例えば、芭蕉の代表句には、音を印象的に詠んだものが少なくない。

 古池や蛙飛びこむ水の音

 閑さや岩にしみいる蟬の声

 芭蕉野分して盥に雨を聞く夜哉

 花の雲鐘は上野か浅草か

 やがて死ぬけしきは見えず蟬の声

 行く春や鳥啼き魚の目は涙

 びいと啼く尻声悲し夜の鹿

思いつくままにあげたものだが、いずれもよく知られていよう。内容には虚実を交えつつだが、いずれも音のはたらきが詩性の中核をなす。蛙、鐘、鳥、鹿、など、子規があげている声(音)の例に共通するものの他に、蟬の声を詠んだものがある。そして、「閑さや岩にしみいる蟬の声」の声が「閑かさ」の中において「岩にしみいる」ということや、「やがて死ぬけしきは見えず蟬の声」の「やがて死ぬけしき」が未来のことを仮想している点など、句の要の部分が単純な分類の中で見えなくなってしまうものを含んでいるように感じられる。もっといえば、まさに「音」の句であることによって、実際に見えない景が取り合わされているのであり、それは、先の子規の分類にはなじまない趣をもつのではないか。芭蕉のことを充分に意識していた子規が、これらの句を知らないわけはない。では、「俳句分類」において子規はこれらの芭蕉の蟬の句をどのようにわけていたのであろうか。

『分類俳句全集』における「蟬」は、並行分類として「蟬衣」「蟬時雨」「空蝉」「初蝉」「熊蟬」「山蟬」「夕蟬」があるほか、下位分類に、以下の三〇項目がある。

①「(虹)(風)(雷)」一九句、②「(月)(露)(雲)」一八句、③「雨」一四句、④「(雪)(日)(空)」二一句、⑤「(動物等)」二〇句、⑥「(絵と動物)・・・(肢体)(人事)(日時)」八句、⑦「(松)除日時人事等」一〇句、⑧「(名木)除松」一六句、⑨「(木と草)(地理)(器物)(衣冠)除名木」一九句、⑩「(木と神人)・・・(肢体)(人事)除名木」九句、⑪「(木)除名木・除衣冠等」五句、⑫「(森林)(木下闇)除名木・除人事・日時気象等」八句、⑬「(木)除名木・除人事日時気象森林下闇」五句、⑭「(草)」一五句、⑮「(地理と器用)(衣冠)」七句、⑯「(地理と神人)・・・(肢体)」一八句、⑰「(山嶺)除肢体等」一二句、⑱「(地理)除肢体等・除山峯」一七句、⑲「(器物と衣冠)・・・(肢体)」一一句、⑳「(器物)除肢体」一六句、㉑「(衣冠)」五句、㉒「(衣冠)除肢体」九句、㉓「(神人)」一〇句、㉔「(土木)」二一句、㉕「(飲食)(肢体)」九句、㉖「(人事)除肢体等」二一句、㉗「(時候)除人事」一七句、㉘「(気象)」五句、㉙「(羽翼)(感情)(擬人事)除人事時候等(気象)」二〇句、㉚「除人事時候羽翼擬人事感覚気象等」九句。(字の異同等は原文ママ)

以前も触れたが、これら下位分類は題と配合されている事物を子規が独自に分けたもの。句数が増えると項目を分けて細分化していく。取り急ぎ先にあげた芭蕉句に触れると、「閑さや~」は⑱「(地理)除肢体等・除山峯」に分類されている。つまり「岩」があるから「地理」で、そのなかで「肢体」や「山」がでてこない句群ということだが、実にあっさりと機械的な分類で、ここから芭蕉句のなんたるかを看取するようにはできていない。「やがて死ぬ~」は最後の㉚「除人事時候羽翼擬人事感覚気象等」に分類されている。色々分けた結果のさらにその他という趣か。他に「かいすくみ鳴く音は見えぬ小蟬哉」(不一〈其袋〉)など、見えないことを詠んだ句が入る。 

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