2014-04-13

【週俳3月の俳句を読む】鈍器ってなんだか切ない 山崎志夏生

【週俳3月の俳句を読む】
鈍器ってなんだか切ない

山崎志夏生


●乾燥剤  白井健介 

「倒れてはる」て、鉢の椿に敬語やなぁ

指汚す辣油 吉本隆明忌

こんな時の関西弁はとても自由だなあ。同じことを私が育った東京の下町言葉で詠もうとしても思いが届かない。
句会の二次会で「です」をつけるとなんでもライトバース俳句になるという話題がでた。方言はどうかということになっていろいろ入れ替えたりして遊んだが関西弁有利だったような気がする。うらやましいやんけ。

吉本隆明のどこが辣油かはまったく答えがでないが心惹かれる。「指汚す」というところがなんだか憎い。
日暮里に住んでいた頃、古今亭志ん生と同じ銭湯、吉本隆明と同じ床屋というのがひそかな自慢だったが、吉本とはついに出会わなかった。


●春を呼ぶ  山口優夢

山口さんおめでとう とまずはお祝いを言っておく。
自分の長男の時は俳句と無縁だったのでひたすら写真を撮った。次男の時は飽きてしまったか枚数が少なくてエデンの東問題になりかけた。
本作品はそのような行為なのかもしれない。作品としてどうこういうよりも子が大きくなったときに「とーさんはこんなに嬉しかったんだぞ」と伝えるには写真よりずっとよい。二人目の時も50句以上詠んであげてください。

しかし、今回の句で季語の入った句は残念ながらあまり納得しない。やはりどうしても無理やりつけた感がある。
季語自体がこのような表現にあっていないのだと思う。季語なんかいれてる場合ではないのだ。

産むときの妻は赤子のやうに赤し

産道を抜けて光を君は知る

季語がない句が二句。これがよい。
奥さんは赤子のように赤くなっていくリアル。心臓はついに光を知らないけれど、吾子は初めて光をみるのだ。
ほんとにおめでとう。


●はるまつり  大川ゆかり

深海に育つ巻貝はるまつり

深海に育つ巻貝と地上の春祭りはまったくカンケーない。しかしねじねじと育つ様は地上の春と呼応しているようだ。
なにか変な身体感覚をも呼び覚ます。


●梅  藤永貴之

お城の梅の吟行句か。達者な写生句。そのなかで

老梅にして乏しさや花の数

理が通っている当たり前状態をポンと置かれるとふっと笑ってしまう。そういった効果がプログラミングされているようだ。


●鈍器  齋藤朝比古

縦四方固めのやうに雪残る

甘噛のさせ放題や春炬燵

春昼の部屋に鈍器の二つ三つ

縦四方固め?それを直喩ですか。とつっこみたくなる。しかし納得できない心理に僅かに兆す残心に囚われる。

甘噛み?どうせ小型犬かなんかだろ!と思うが、まさか、いやいやなどと少し楽しめる。春炬燵という中途半端なものには実用性よりもこのような娯楽性の成分があるのだね。

そして鈍器の句。先日句会で某氏の句にあった「ランゲルハンス島」という言葉は現代俳句ではかなり手垢がついているという意見が出た。それならば私の知っている少ない医学用語で「カウパー氏腺液」はいかがと提案したら、それは新しいけどペケと却下された。「鈍器」ということばも現代詩や現代俳句ではかなり手垢塗れとおもう。
それを臆面もなく据え表題句としてる。なかなか勇気がいることではある。そして今回は成功していると思う。
「鈍器」は春昼性に溢れていることをこの句は教えてくれる。部屋の中にいる自分がぼーとしながら気付くと「あれも鈍器になるなあ」とひとりごちているさまには切実さが全く無くて、この言葉が背負う「おもくれ感」が感じられない。
むしろ可笑しみをまとった切なさがある。
中和剤としてさらに追加したゆるい数詞もやりすぎだけど効果を発揮していると思う。


第358号2014年3月2日
白井健介 乾燥剤 10句 ≫読む
山口優夢 春を呼ぶ 50句 ≫読む
第359号2014年3月9日
山崎祐子 海鳥 10句 ≫読む
関根かな 雪兎 10句 ≫読む
風間博明 福島に希望の光を 10句 ≫読む
第360号2014年3月16日
大川ゆかり はるまつり 10句 ≫読む
小澤麻結 春の音 10句 ≫読む
藤永貴之 梅 10句 ≫読む
第361号2014年3月23日
齋藤朝比古 鈍器 10句 ≫読む
第362号2014年3月30日
藤田めぐみ 春のすごろく 10句 ≫読む
堀下 翔 転居届 10句 ≫読む

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